ロシナンテスの健康農業が未来を変える

ロシナンテス東北事業部の岡部さんからいい話を聞かせてもらった。

クルマで走っていたら健康農業に参加しているおばあちゃんが2人連れで歩いていたので、どうしたの? と尋ねると、

「だって、バスを待ってるより歩いた方が早いからね」

お年寄りたちにとっての仮設生活

それがどうしていい話なのか、ちょっと分かりづらいかもしれない。もしかしたら東北のお年寄りたちはスーパーウーマン並みに体が丈夫なのだというように取られてしまうかもしれない。でもそんなことはない。

仮設住宅で暮らしているお年寄りたちは大変だ。仮設住宅はとにかく狭い。玄関も部屋もキッチンも狭い。たとえば子供夫婦と孫と同居していたりすると、お年寄りたちには居場所がない。スペースということだけではない。料理するにしても、2人並んで立てるようなキッチンではないから、「おばあちゃんは何もしなくていいですから」ということになる。仮設暮らしが4年以上ともなれば、荷物もそれなりに増えて来る。部屋を掃除しようとしてもやはり、「おばあちゃんは何もしなくていいですから」となる。そのくせ日中は子供夫婦は働きに出ているし孫は学校だ。電気代節約で暗い部屋の中、1人で過ごすしかない。クルマは子供夫婦が使っているから、出掛けようにも足がない。もちろん震災の前にやっていた仕事もない。昔のご近所さんや友達と離ればなれになっているケースも多い。ほとんど部屋に閉じこもりのような状態になる。お昼を食べるにしても、1人では何を食べても美味しくないから作る気がしない。仮設生活の中でどんどん老け込んでしまう。身も心も老け込んでしまう。

それが変わるのだ。健康農業に参加して、畑に到着したとたんに、おばあちゃんたちもおじいちゃんたちも目の色が変わる。キラッキラした眼差しになる。

健康農業の1日

これまでにもロシナンテス東北事業部の「健康農業 いちご畑」のことは何度か紹介してきたが、改めて健康農業がどんな活動なのか、1日のプログラムを紹介しよう。

まず朝、ロシナンテスの大型ワゴン車で参加するお年寄りたちをお迎えに行く。何カ所かの仮設住宅を回って、さらには仮設を出られた方や、自宅で生活されている方のお宅も回って畑へ向かう。迎えのクルマの中はおしゃべりの渦だ。窓の外の景色を見ながら、昔話に花が咲く。学生ボランティアさんなんかが参加したりしていようもんなら「どこから来たの」「いつまでいるの」と質問攻め。

おしゃべりしているうちに、あっという間に畑に到着。畑は何カ所かあり、場所により作っているものは違う。季節ごとに、そしてできるだけ毎日収穫できるように、野菜を中心に作っている。

畑に到着したら、軽くお茶っこしてからラジオ体操。

そしていよいよ農作業だ。腰が90度くらい曲がっているおばあちゃんが、シャキシャキと歩いて行って草取りをしたり、収穫したり、若い芽を間引きしたり。

「こっちは残しときましょ。間引いこれはサラダにして食べられるね」

農業経験豊富なおばあちゃんが先生役になって、いろいろ教えてくれる。おしゃべりしながらの農作業は時間が過ぎるのがとても早く感じる。小一時間もしたら休憩。そしてお茶っこ。お茶っこしながらまたおしゃべり。

続いて後半戦。別の畑に移動して別の作業をすることもあるし、引き続き同じ畑で作業することもある。で、後半戦が終わったら作業は終了。ロシナンテス東北事業部の拠点であるロッシーハウスへゴー。

ロッシーハウスでは楽しいランチタイム。健康農業の畑で収穫した野菜を中心にした料理がテーブルに並べられる。お年寄りたちが差し入れしてくれたものがお皿に並ぶことも。たまに野菜が被ってしまうこともあるけど、そんなのご愛嬌。

「これ美味しいね」とか「どうやって作ったの」とか、もちろんここでも話に花が咲くわけだ。で、太陽の下で農作業をした後に、仲良くなったおばあちゃんやおじいちゃんたちと囲む食卓は、めちゃくちゃ楽しいし、ご飯もとても美味しい。サプライズで誕生会をすることもある。ボランティアで来た学生さんが歌を披露してくれることもある。夏祭りの前だと、地元の盆踊りの講習会まで始まっちゃうこともある。

そんな楽しい時間を過ごしたら、お年寄りたちをお宅までクルマで送って、「また来週ね!」と笑顔で手を振ってバイバイ。健康農業の1日はこれで終了。こんな日々が毎日続いていく。

(参加するお年寄りたちは10数人が1グループで毎週決まった曜日に参加する)

サポートで参加した人の数は2000人超!

ちょっと畑仕事をして昼ご飯を食べるだけと思われるかもしれない。しかし、この当たり前の時間がお年寄りたちの元気の源になっている。

仮設暮らしで老け込んでいたお年寄りたちが元気を取り戻した理由、それは太陽の下で土や作物に触るという癒しの効果なのかもしれない。健康農業に行けば友達に会えるという効果なのかもしれない。みんなでおしゃべりしながら美味しくご飯を食べられる効果なのかもしれない。きっとそんなすべてが合わさって、お年寄りたちは自分自身の健康を取り戻しているのだろう。

そしてもうひとつ、間違いなく大きな存在なのが、若いスタッフやボランティアさんたちとのふれ合いだ。

仮設住宅に暮らしていると「何もしなくていいですから」と言われるばかりのおばあちゃんたちが、健康農業に参加すると先生だ。スタッフも子供か孫と言ってもいいくらいの年齢だし、若いボランティアさんが参加すると、下手すれば曾孫くらいかもしれない。しかもスタッフやボランティアさんには農業経験はないのだから、収穫の仕方や収穫時期の見極め方、草取りの仕方など、教えがいのある生徒たち。ここでは、お年寄りたちに経験や知識を発揮してもらうことができるのだ。

「居場所」と言葉でいうのは簡単だが、居場所があるかないかは人間が行きて行く上での基本的な出力を大きく変えてしまう。そして、居場所をつくるというのは口で言うほど簡単なことではない。しかし、ここにはそれがある。ロシナンテスのスタッフが企図したものであるのは事実だが、そこには天の配剤ともいうべき、幸運な偶然の連鎖があったようにも感じる。

ロシナンテス東北の田地野さんに、これまで参加したボランティアさんは何人くらい?と尋ねてみたら、「2000人は超えてますね」とのこと。まるで2000人までは数えたけど、あとは数えてませんって言いたいような雰囲気だった。

一言で2000人というが、相当な人数だ。もちろん「のべ人数」ではない。何度も繰り返し参加してくれる人も多いから、のべなら軽く万の単位になるだろう。それだけ多くの人がロシナンテスの健康農業をサポートして、おばあちゃんやおじいちゃんたちとの楽しい時間を過ごしているのだ。この多くの人たちの直接的な関わりこそ、間違いなく天の配剤なのだと思う。

学生さん、若手の社会人、大企業や官公庁の偉いさん、海外から参加の方、家族連れ、パパに連れられてやって来た中学生などなど。実に多彩な人たちが健康農業をサポートしてくれて来た。これは健康農業に参加しているお年寄りたちにとっても、とても刺激的で楽しい経験につながったことだろう。

ロシナンテスのスタッフのみなさんにとっても、たくさんのサポーターの存在が大きな支えになってきたことは間違いない。話を聞いていればよく分かる。

もちろん、これだけたくさんの人たちがサポーターとして関わっているということは、健康農業というものを、もっと広めていく上で必ず力になるはずだ。

健康農業を日本中に広める夢

冒頭に紹介したロシナンテスの岡部さんの話を聞いた時、健康農業をもっと広く、いろいろな場所で展開するサポートをしたいと心から思った。

仮設住宅で暮らしているお年寄りたちの状況は、どこも同様だ。居場所がない。足がない。友達が少ない。閉じこもりがちになって老け込んでしまう。自分が知っている三陸地方の仮設住宅の方々の顔を思い浮かべながら、健康農業に加わってもらうことができたら、どんな笑顔になるのかなと想像してしまう。

ロシナンテスは震災直後からこの地域で医療支援、住宅の泥出しや片付けなどのサポートを続けて来たからこそ、この地で健康農業を続けて来ることができた。積み重ねがあったからこその健康農業だ。

しかし、宮城でも福島でも岩手でも、被災地に拠点を構えて地元に密着した活動を続けているグループは数多く存在する。そんな人たちと連携して、なんとかして健康農業を水平展開できないものだろうか。ノウハウはロシナンテスにある。ロッシーハウスに行けば教えてもらうことができる。まっとうな心を持った人となら、手を携えて同じ目標に進んで行ける人たちだということは保証する。

東北では仮設住宅からの転出が少しずつ増えてきた。「仮設」とはいうものの、そこには仲間がいた。コミュニティがあった。そこから出て行って、転居先でまたゼロから生活再建や仲間・友達づくりを始めなければならない状況はキツイ。しかも、震災から4年以上の時間が経過する中、お年寄りたちはそれだけ年齢を重ねてもいる。そんな今だからこそ、孤立や閉じこもりでお年寄りの心が病んでいくことがないように、健康農業の考え方やノウハウを広めていきたいと思う。

そんな気持ちをぶつけてみたら、ロシナンテス事務局長の大嶋さんはこう言った。

「水平展開、それはぜひやりたいですね。僕が思うのは、被災地ももちろんそうなんですが、日本中同じ状況なんじゃないかってことです」

たしかに高齢化は被災地のみならず日本全体の問題だ。自分もたまに故郷に帰省した時に、まち全体が老いの過程を歩んでいるのを痛感する。

医療が進歩して平均寿命がのびるのはいいことだが、医療が進歩し過ぎて死ねない老後(表現は不適切かもしれないが)が現出している感もある。体に何本ものチューブをつなぎ、1日に数十万円の医療費をかけて生きながらえる。その在り方を否定はしないものの、畑に着いた瞬間に、いや迎えのクルマに乗って友達に会った瞬間に、目をキラキラ輝かせるお年寄りたちの元気さこそが、人間らしい生き方なのではないか。

それくらい、お年寄りたちの笑顔は美しい。

健康農業はお年寄りたちのためだけのものではなく、関わる全世代の人たちを通じて、まっとうな生き方をもう一度取り戻す契機にもなるのではないか。

だからこそロシナンテスの岡部さんの「バス待ってるより、歩いた方がはやいもんね」の話を聞いて、ロシナンテスのこころを日本中に広げていきたいと思った。強く強くそう思ったのはこんなわけなのである。