8月6日午前8時15分

8月6日、広島に。8月9日、長崎に。原子爆弾が投下された。

原爆詩集 序



ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ

引用元:峠三吉「原爆詩集」 青空文庫 図書カード

広島県商工経済会の屋上から見た広島県産業奨励館と爆心地付近 (広島平和記念資料館所蔵 米軍撮影) 広島市のホームページより

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吉永小百合さんのインタビュー記事より

 ――詩の朗読で自ら選んだ一つが、「にんげんをかえせ」で知られる詩人・峠三吉の「原爆詩集 序」でした。

 「どんな朗読会でも最初に読む、まさに『序』なんです。峠さんのすべての思いが詰まっています。まったく原爆のことを知らない方でも、『えっ』という思いになってくださる気がするので、日本語と英語で読むようにしているんです」

 「本当のことを言えば、もっと強い表現の詩がたくさんあります。ただ、それを直接読んでしまうと、最初から『そういうものは聞きたくない』っていう方の拒否反応があると思うんです。最初に分かりやすく、やさしく読んで、『あぁ、こういう詩があったんだ。じゃあ違う詩も読んでみよう』と思ってくだされば一番いい。そういう詩を中心に読んできました」

引用元:被爆の痛み、未来へつなぐ 吉永小百合さん、命の朗読:朝日新聞デジタル

映画「はだしのゲン」

はだしのゲン 1976年公開 三國連太郎 左幸子 Hadashi no Gen

峠三吉の原爆詩集から

八月六日

あの閃光が忘れえようか
瞬時に街頭の三万は消え
圧(お)しつぶされた暗闇の底で
五万の悲鳴は絶え

渦巻くきいろい煙がうすれると
ビルディングは裂(さ)け、橋は崩(くず)れ
満員電車はそのまま焦(こ)げ
涯しない瓦礫(がれき)と燃えさしの堆積(たいせき)であった広島
やがてボロ切れのような皮膚を垂れた
両手を胸に
くずれた脳漿(のうしょう)を踏み
焼け焦(こ)げた布を腰にまとって
泣きながら群れ歩いた裸体の行列

石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
つながれた筏(いかだ)へ這(は)いより折り重った河岸の群も
灼(や)けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり
夕空をつく火光(かこう)の中に
下敷きのまま生きていた母や弟の町のあたりも
焼けうつり

兵器廠(へいきしょう)の床の糞尿(ふんにょう)のうえに
のがれ横たわった女学生らの
太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
誰がたれとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
すでに動くものもなく
異臭(いしゅう)のよどんだなかで
金(かな)ダライにとぶ蠅の羽音だけ

三十万の全市をしめた
あの静寂が忘れえようか
そのしずけさの中で
帰らなかった妻や子のしろい眼窩(がんか)が
俺たちの心魂をたち割って
込めたねがいを
忘れえようか!

引用元:峠三吉「原爆詩集」 青空文庫より

仮繃帯所にて

あなたたち
泣いても涙のでどころのない
わめいても言葉になる唇のない
もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
あなたたち

血とあぶら汗と淋巴液(リンパえき)とにまみれた四肢(しし)をばたつかせ
糸のように塞(ふさ)いだ眼をしろく光らせ
あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを
たれがほんとうと思えよう

焼け爛(ただ)れたヒロシマの
うす暗くゆらめく焔のなかから
あなたでなくなったあなたたちが
つぎつぎととび出し這い出し
この草地にたどりついて
ちりちりのラカン頭を苦悶(くもん)の埃(ほこり)に埋める

何故こんな目に遭(あ)わねばならぬのか
なぜこんなめにあわねばならぬのか
何の為に
なんのために
そしてあなたたちは
すでに自分がどんなすがたで
にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない

ただ思っている
あなたたちはおもっている
今朝がたまでの父を母を弟を妹を
(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
そして眠り起きごはんをたべた家のことを
(一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)

おもっているおもっている
つぎつぎと動かなくなる同類のあいだにはさまって
おもっている
かつて娘だった
にんげんのむすめだった日を

引用元:峠三吉「原爆詩集」 青空文庫より



黒眼鏡をとると瞼がめくれこんで癒着した傷痕(きずあと)のあいだから
にじみ出る涙があった
あの収容所で、凝(こ)りついた血をしめらせ
顔いっぱいに巻いた白布を一枚宛(ずつ)ほどき最後のガーゼをめくると
ひとつの臓腑であった両眼が、そのままのかたちで癒(い)えてうすいしずくをしみ出し
失った妻子のことをいう指先が手巾(ハンケチ)をさぐって顫(ふる)えていた

〈ここはどこ、どんなところです?〉死体置場から運ばれて来て
最初に意識をとり戻したときと同じ言葉を
また口にしながら
太い青竹をとりなおし、ゲートルの脚先でしきいをさぐり
そろそろと出ていった

――こうされたことも共に神に免(ゆる)されねばならぬ――
――ひとり揉めば五十円になる、今に銀めしをごちそうします――
カトリックに通い、あんまを習い、すべての遍歴(へんれき)は年月の底に埋(うも)れて
ある冬近い日暮れ
束ね髪の新しい妻に手をひかれた兵隊服の姿を電車の中から見た

〈ここはどこ、どんなところです?〉それは街の騒音の中で
自分の均衡(きんこう)をたしかめるように立止り
中折帽の顔だけを空の光りへ向け
たえず妻に何かを訊(たず)ねかけているように見えた
さらに数年、ふたたび北風の街角で向うからやってくる
その姿があった
それは背中を折りまげ予備隊の群をさけながら
おどろくほどやつれた妻の胸にしっかりと片腕を支えられ
真直に風に向って
何かに追いつこうとするように足早に通っていった

黒眼鏡の奥、皮膚のしわからにじみ出るものは、とおく渇(か)れつくして
そのまま心の中を歩いてゆく
苦痛の痕跡(こんせき)であった

引用元:峠三吉「原爆詩集」 青空文庫より

ふたたび吉永小百合さんのインタビュー記事より

 ――被爆した広島と長崎へ向けて、原爆詩の朗読CD「第二楽章」(97年)をつくりました。第二楽章に込めた意味は。

 「CDをつくる時、『戦後50年たった今は第一楽章ではなく、第二楽章に入っている』と。語り継いでいかないといけないけど、声高でもいけない。第二楽章はアダージョっていうか、ゆったりした楽曲が多いですよね。それで決めたタイトルなんですね。それがずっと今につながってるんです。結局、ぱーっと強く言っても、そこで終わっちゃう。柔らかい口調で、人の心に少しでも染み込んでいくものをつくりたい、という思いでした」

引用元:被爆の痛み、未来へつなぐ 吉永小百合さん、命の朗読:朝日新聞デジタル

原爆ドームを北西から望む 広島市のホームページより

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広島、長崎、沖縄をテーマにした朗読CD「第二楽章」をつくってきた吉永小百合さんはインタビューの中で「近い将来、福島のものもつくりたい」と語っていた。

2014年 平和記念式典

引用することにためらいを感じた安倍総理の平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)でのあいさつ。

人類史上唯一の戦争被爆国として、核兵器の惨禍を体験した我が国には、確実に、「核兵器のない世界」を実現していく責務があります。その非道を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めがあります。

引用元:核兵器廃絶に力惜しまぬ 平和記念式典首相あいさつ全文:朝日新聞デジタル

この言葉の空しくなることがありませぬように。

平成25年の平和記念式典 広島市のホームページより

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いつまでも語り継いでいくこと
核を原子力などと言い換えたりするのではなく
あの日、この場所で起きたこと、あの日から続いていることを
今日から始めて、いつまでも語り継いでいくこと

8月6日広島 8月9日長崎 そして3月11日
今日は語り継いでいくことを始める一日