【東北の名所】民話の里・遠野 ~その3~

前回のはなし

デンデラ野

「山口の水車」と呼ばれる水車小屋に向かっている時だった。車を運転していると、道路脇に「デンデラ野」と書かれた標識が目にとまった。観光ポイントであると察しはついたが、いったいその野原がどのようなものかはわからなかった。気にはなりつつ、水車小屋へ行く。

水車を見終えて来た道を戻る。すると、再び「デンデラ野」の標識が目にとまった。一度はそのまま通り過ぎたのだが、少し行ったところでやはり「デンデラ野」が気になってしまい、車を停めて引き返す。標識にはデンデラ野までの距離が書かれていた。近いので行ってみることにする。

細い道に入って300mほど行くと、そのあたりがデンデラ野と呼ばれる場所であった。サッカーグランド2つ分くらいの草地があり、隅っこにはカヤでできていると思われる粗末な小屋が建てられていた。のぞいてみようと小屋の方に行こうとすると、地面に金属製の説明版が設置してあった。説明板には次のように書かれていた。

デンデラ野にあった小屋
【デンデラ野】
60歳になった老人を捨てた野で、老人たちは日中は里に下りて農作業を手伝い、わずかな食料を得て野の小屋に帰り、寄り添うように暮らしながら生命の果てるのを静かに待ったと伝えられています。
かつての山村の悲しい習いをうかがわせます。

引用元:出典元:デンデラ野にあった説明版

遠野地方に伝わる民話をもとに書かれた遠野物語。同物語にもデンデラ野の記述がある。民話、そして美しい遠野の風景のイメージもあり、のどかなで牧歌的な話ばかり書かれているのかと思っていた遠野物語だが、少し目を通してみると、昔の厳しい生活を伝える話も少なくない。

私にはデンデラ野から見える景色が、緑と田畑が広がるのどかな風景に見えた。けれど、昔、ここに住んでいた人の目には、同じ景色がどのように映っていたのだろうか。親をここにつれてきた子にはどのように映ったのだろうか。

周囲より少し高い位置にあるデンデラ野から、あたりを見まわしてみると、下の方には田んぼが広がっていた。あのあたりに農作業の手伝いに行ったのだろうか。

いろいろな思いが頭の中を駆け巡った状態でデンデラ野を後にした。

デンデラ野

南部曲り家 千葉家

石垣の上にドンと居座るようにある「南部曲り家 千葉家」。約200年前に建築された南部曲り家の代表的な建築物で、国の重要文化財にも指定されている。

千葉家は他の観光スポットから少し離れた場所に位置することもあり、当初は行く予定ではなかった。しかし、「遠野ふるさと村」で同施設のスタッフのおばちゃんと話をしていた際に「南部曲り家 千葉家」を勧められた。話を聞いているうちにだんだんと行きたくなってしまった。そして「再来年から大改修工事が始まるんですよ」という言葉が決定打となり、急遽行くことにした。

千葉家はJR遠野駅から11㎞ほど離れた国道沿いにある。建物はお城のような立派な石垣の上に、あたりいったいを見据えるかのように堂々と建っている。

千葉家の前にある駐車場で車を降り、石垣の上に建つ曲り家を初めて目にした瞬間は、あまりの豪勢な作りに鳥肌が立った。民家というよりも砦のようだった。話によると、なんでも昔、あまりにも立派だったために領主が通る際には石垣をムシロで覆い隠したとか、ヒノキを植えて屋敷を隠したなどの話もあるそうだ。

千葉家の敷地へは、駐車場脇のチケット売り場が入口となっている。屋敷へと続く坂を100mほど登ると、千葉家の隆盛が伝わってきそうな立派な蔵がある。途中、左手には「ハセ小屋」と呼ばれる稲を干す際に使う丸太を保管する建物がある。

千葉家の敷地は800坪あり、主屋である「曲り家」の他に、大工小屋、作業小屋、納屋や立派な木々がある。稲荷大明神をまつった小さな社まであることには驚いた。

屋敷には、使用人15人を含む25名の人が住み、馬20頭を飼っていたという。主屋の曲り家は、千葉家4代目の当主が、当時飢饉で苦しんだ人々を救済するために10年の歳月をかけて普請したという。カヤぶき屋根のふき替えには、600人をこす人手と約20日間の時間がかかり、2トン積みトラックで60台分のカヤが必要であったという。所有する土地は広大であり、庭から臨めるほとんどの土地が千葉家のもので、駅から自宅まで所有地を通って行き来できたという。

遠野地方を代表する曲り家である千葉家。最近まで実際に人が住んでいたために、保存状態も大変良く、価値の高い建物である。

平成28年度から大改修工事が予定されており、約10年間、通常の公開ができなく見込みとのことなので、ぜひその前にご覧あれ!!

南部曲り家 千葉家

遠野の風景

遠野にはカッパ淵や伝承園など見どころも多い。しかし、一番の見所は田畑などの心安らぐ遠野の風景。しかし、それらは遠野だけに限った特別な風景ではなく、一般的な日本の田舎風景にも思う。

釜石から遠野に向かう途中。田んぼ風景があまりに美しくて寄り道をした。
田んぼでは、ひとりのおばあちゃんが苗を手植えしていた。大きく折れ曲がった腰でゆっくりゆっくり一本づつ植えてゆく。

おばあちゃんに「写真撮ってもいいですか?」って聞くと、「こんな年寄り撮らんでもええ」とシワが深く刻まれた顔を崩し笑いながら断られた。

少し田んぼのあぜで一緒に話をしていると「撮るなら顔が映らんように撮ってくれ」とおばあちゃんが恥ずかしそうに言ってくれたので、うしろ姿を一枚「パシャリ」。

夕日に輝く田んぼ。そして田の隅にある小さな社。何げない風景が愛おしいほど美しい。

きっと、遠野の風景は、日本の原風景なのだろう。そんなことを思った。

遠野に向かう途中に寄り道した田んぼ