おすすめの国 トルコ編 ~Vol.6 イスタンブール~

イスタンブールの街は、ボスポラス海峡を隔ててヨーロッパ側とアジア側に分かれている。多くの旅行者が訪れるのはヨーロッパ側で、金角湾を隔てて旧市街と新市街にわかれている。旧市街は「イスタンブール歴史地区」として、世界遺産にも登録されている。

イスタンブールは、トルコ旅行の最終都市でもあり、また、上海から始まり、半年近くに及んだアジア横断旅行のゴール地点でもあった。

イスタンブールで出会ったヨーロッパを旅してきたバックパッカーが言っていた。「ここは、アジアだ。」と。しかし、アジアを旅してきたぼくにとっては、この国に入国した時に、ヨーロッパ世界に足を踏み入れたように感じられた。

ヨーロッパとアジアの架け橋のトルコ。そのなかでも、イスタンブールは、二つの大陸にまたがる歴史的な都市であり、個人的に最も好きな街のひとつである。

ここで、ちょこっとイスタンブールの歴史

ビザンティン帝国時代のコンスタンティノープル(イスタンブール)。画像右にある入り江が、金角湾。同湾の左側にある突き出た岬が、現在の旧市街となっている。湾の入り口には、鎖と思われるものも写っている。

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イスタンブールの街の歴史は古く、時代により都市名称も変遷を経ている。古代ギリシア・ローマ時代にはビザンチウムと呼ばれていたが、ローマ帝国時代になると、コンスタンティノープルに改められる。コンスタンティノープルは、1000年もの長い間、ビザンティン(東ローマ)帝国の首都として栄える。日本の徳川幕府が260余年であったのと比較すると、同帝国がいかに長いものであったかがわかる。しかし、1453年、そのビザンティン帝国も、オスマン帝国に滅ぼされてしまう。新しい支配者・オスマン帝国は、街の名をイスタンブールと改称し、現在に至っている。

同都市を訪れる人は、イスタンブールの長い歴史の中でも、ビザンティン帝国からオスマン帝国へと変わった時代について、知っておいた方がいいかもしれない。

15世紀、1000年間続いていたビザンティン帝国も、首都コンスタンティノープル付近以外は、オスマン帝国の支配下に置かれており、末期を迎えていた。そのような中、同都市は三方を海に囲まれ、周囲をテオドシウスの城壁と呼ばれる強固な防壁で守られていたために、かろうじて存続を保っていた。

しかし、そのコンスタンティノープルも、ついに10万人以上のオスマン帝国の軍勢に包囲されてしまう。ビザンティン帝国側の守りは約7000人だったという。ビザンティン帝国側は2か月間もの間、籠城して徹底抗戦したが、ついに1453年5月29日に陥落してしまう。時のビザンティン帝国最後の皇帝は、その際に戦死したという。

この時のコンスタンティノープル攻防の有名な話として「オスマン艦隊の山越え」がある。これは、同都市を攻めあぐねていたオスマン帝国は、守りの薄いコンスタンティノープル北側にある金角湾に艦隊を展開させたいと考えていた。しかし、ビザンティン帝国側は、湾の入り口に鉄の鎖を渡して、船を侵入できないようにしていた。そこで、オスマン帝国側は、湾北側の山に、油を塗った丸太を敷き詰め、70隻ものの船を陸路、金角湾に移動させたという。ビザンティン帝国側は、金角湾に突如現れたオスマン帝国艦隊を目にして戦意を喪失し、戦局を大きく変えたと言われている。

ちなみに、この時の様子については、塩野七生著「コンスタンティノープルの陥落」に書かれている。タイトルの通り、コンスタンティノープルでの最後の攻防に焦点を絞った小説で、大筋は史実に沿って書かれている。イスタンブールを訪れる前に読んでおくと、当時の状況をイメージできていいかもしれない。

イスタンブールの一日と魅力

イスラム教国を旅行していると、アザーンという、イスラム教の礼拝時刻を告げる呼びかけを必ずと言っていいほど耳にする。お祈りのようにも聞こえる呼びかけは、街のいたる所に設置されたスピーカーから1日に5回流れてくる。

1週間ほど滞在していたイスタンブールでは、金角湾に架かるガラタ橋から10分程歩いた旧市街の安宿に泊まっていた。宿近くにスピーカーがあったのか、アザーンがひときわ大きく聞こえた。朝は、必ずお祈りを促す呼びかけで目を覚ます。一度起きて、二度寝することもあれば、そのまま朝食をとることもある。朝食は、エキメッキに蜂蜜などをつけて食べていた。エキメッキとは、トルコのパンである。フランスパンによく似ていて、スーパーや雑貨店などで売られている。朝食を終えると、トプカプ宮殿、ブルーモスク、アヤソフィアなど、旧市街にある歴史的建築物のほか、ルメリ・ヒサルと呼ばれる城塞や黒海付近など、近郊にも足を延ばしたり、グランドバザール、エジプシャンバザールなどの市場で土産物を物色したりしていた。

そして、夕方。イスタンブールが一番哀愁を帯び、魅力を増す時である。夕刻になると、ほぼ毎日のように、ガラタ橋付近をぶらぶらと散歩していた。その界隈は、イスタンブールの中でも特に好きな場所だった。橋は人や車だけでなく、市内を走る路面電車も通っており、多くのトルコ人が釣り糸たらしている。ガラタ橋の上を歩くだけで楽しかった。橋からは北側に新市街、南側に旧市街、そしてボスポラス海峡越しにアジア大陸を見ることができる。ガラタ橋のたもとでは、サバサンドと呼ばれる、エキメッキに、焼いたサバを挟んだものが売られている。地元の人や旅行者に人気のサンドイッチで、それを食べながら、ぶらぶらと散策するひとときが幸せだった。

イスタンブール。数多くの見どころを持つ街だが、一番の魅力は、街自体が持っている雰囲気かもしれない。

おすすめの国トルコ

トルコには、イスラム建築、古代ローマ遺跡、純白の石灰棚、奇岩が連なる大地と地下都市など様々な魅力がある。遺跡や自然のほかにも、世界三大料理のひとつであるトルコ料理など、人を惹きつける要素にあふれている。

「おすすめの国はどこ?」

と聞かれたら、まちがいなく「トルコ!」。と答えるだろう。

<おすすめの国 トルコ編 完>

イスタンブール・ガラタ橋

ガラタ橋にて

Text&Photo(※出典元記載写真を除く):sKenji
※写真は、イスタンブールを2回目に訪れた、2005年夏に撮影したものです。