11月18日、福島第一原子力発電所4号機の使用済み燃料プールから、核燃料の取り出しが始まりました。それに先立つ土曜日、11月16日、河北新報に掲載されたこんなニュースを東北の知人から教えられました。
次々出てくる驚きの告白
第一原発1号機の使用済み燃料プールに収められた核燃料の4分の1、70体が震災以前にすでに破損していたというのです。
東電によると70体の燃料棒は、小さな穴が空いて放射性物質が漏れ出すなどトラブルが相次いだため、原子炉から取り出してプール内に別に保管していたという。
「小さな穴が空いて放射性物質が漏れ出す」ということなので、燃料ペレットを入れたジルコニウム合金(ジルカロイ)の核燃料被覆管にピンホールができる「事象」を意味しているものと思われます。記事によると東京電力は「国への報告は随時してきた」ということですが、被覆管にピンホールができて、放射性物質が冷却水に溶け出してしまうという「事象」は、原子力発電所の草創期には頻繁に発生していたのは間違いないようです。被覆管に穴が開くとはどういうことなのでしょうか。
しかし、その前に「被覆管」と呼ばれるものがどんな役割を果たしているのか、あらためて見てみようと思います。
放射性物質を閉じ込める燃料のパック
被覆管という言葉には、何かを覆っているカバーといったニュアンスしか伝わってきませんが、被覆管は放射性物質の漏えいという、あってはならない「事故」を防ぐ上で、きわめて重要な役割を果たすものです。
原子力発電所には、放射性物質を環境中に漏えいさせないための5つの壁と呼ばれるものがあります。各地の原子力PRセンターでは必ず詳しく解説されている「安全の要」です(かつては渋谷の電力館でも展示されていたと思います)。5つの壁とは外側から順に、原子炉建屋、格納容器、圧力容器、核燃料被覆管、燃料ペレットであると紹介されます。
女川原子力発電所に隣接するPRセンターでも、建屋に使われているコンクリートの厚さや鉄筋の太さを直接見ることができる展示が行われいますが、福島第一原発の事故では建屋は激しく破損して「壁」としての役割をまったく果たしていません。格納容器も爆発で破壊されたとされています。圧力容器は核燃料のメルトスルーによって、やはり穴が開いたと言われます。これらの「事故」の原因となったのが被覆管です。
ウランを焼き固めた燃料ペレットそのものが「壁」であるとされるのは、気体や揮発性の放射性物質以外のものを外に出さない効果があるからということです。しかし、気体や揮発性の物質は発生してしまう。それを外に出さないように密封するのが被覆管の役目です。さらに言うなら、核分裂が起きる場所は被覆管の内部です。放射線は被覆管の外側まで飛び出しますが、放射性物質は密封された被覆管の中に閉じ込められていなければなりません。
被覆管はただ単に燃料の表面をカバーしているのではなく、核燃料を完全に密封するものなのです。気体や揮発性物質に限らず、核燃料そのものや核反応で生まれた核分裂生成物(セシウムやストロンチウム、プルトニウムなど数十種に及ぶ放射性物質)を外の世界に漏らさないように完全に隔離し、放射能の反応を閉じ込める「燃料&核分裂生成物の密封パック」が被覆管であり、それは安全運転を行うための要でもありました。
冷却水が失われた炉心で、核燃料や核分裂生成物が発する熱に耐えることができず、ジルコニウム合金の被覆管が融け、燃料ペレット(その時点ですでに熱により変形や亀裂が発生したと想像される)が炉心からこぼれ落ちた。また高温によってジルコニウムと水蒸気が反応して大量の水素が発生し、水素爆発が引き起こされた――。みんなが知っている原発事故のストーリーです。もしも、被覆管が破壊されることがなければ、現在のような深刻な事態に至っていなかったかもしれません。
というのも、被覆管に使われているジルコニウム合金が融けてしまう温度は1,850℃。とてつもない高温に思えますが、核燃料ペレットの融点2,700~2,800℃に比べればはるかに低いのです。つまり、核燃料が熱暴走を起こせば被覆管が融けて「核反応の場」が「外界」とつながってしまう危険性がきわめて大きいのです。
冷却手段が失われる過酷事故(シビアアクシデント)を想定していれば、中に入れた燃料が発する熱で溶けてしまう素材で「密封」のためのパックを作るなどありえません。万一の事故の時に防護機能が破たんする可能性があるものを「壁」とは呼べないでしょう。ジルコニウム合金を使うという発想自体がすでに破たんしていたと言わざるを得ないのです。
初期不良は多かったが、高度な日本の技術力で・・
そうは言っても、すでに事故が起きてしまったいま、どうしてジルコニウム合金を使ったんだと追求しても詮無きことかもしれません。また、シビアアクシデントにつながる過酷な状況さえ「想定しなければ」、通常の原発運転が行われる環境下ではジルコニウム合金は被覆材として採用されるにふさわしい特性を持っていたことは、多くの文献が指摘するところです。
丈夫で耐食性が高く、しかも中性子を吸収しにくい(運転の効率がよい)特徴があるジルコニウム合金は、被覆管の素材として好適なものでしたが、加工性には問題もあったようです。熱によって変形する燃料ペレットとの相互作用で脆弱になる、水素によって腐食が進むなど、原発の草創期には数多くの不具合が発生したようです。そのことは、旧・原子力安全委員会が作成した文書からも明らかです。
「第1節 燃料に関する事故・故障」の「2 燃料被覆管の損傷」に東電の原発の形式である沸騰水型(BWR)での燃料棒の不具合について記されています。
昭和46年,米国のドレスデン原子力発電所1号炉において,燃料ペレットと被覆管との相互作用による燃料のピンホールが発見された。その原因については,燃料ペレットが熱変形によって被覆管を内側から押し広げる結果,被覆管に応力が生じ,それにペレットから放出されるヨウ素等の核分裂生成物の作用が加わり,いわゆる応力腐食的な機構で被覆管にピンホールが生じたものと判断された。このような事態に対応するため,
引用元:旧組織からの情報-19841000 原子力安全年報 昭和59年版 1_2_1 燃料に関する事故・故障|原子力規制委員会
と、さまざまな対策が講じられたことが述べられ、結論として次のようにのべられているのです。
軽水炉の燃料についてピンホール等によるリーク発生率を主要諸国と比較したものである。この表によれば,被覆管の局部水素化や燃料ペレットと被覆管の相互作用などによって燃料にリークが生じる割合は,諸外国に比べて1桁程度低くなっている。
引用元:旧組織からの情報-19841000 原子力安全年報 昭和59年版 1_2_1 燃料に関する事故・故障|原子力規制委員会
初期不良はあった。でも、日本の技術力はその困難を克服し、世界レベルよりも1ケタ低いリーク率を実現している、というわけです。
ちなみにここでいう「リーク」とは、被覆管に開いたピンホールや腐食孔から、外に出てなならない放射性物質が漏れ出るということで、実に恐ろしい「事象」が起きていたということを改めて感じさせられます。
また、運転を始めて当初の原発では不具合もあったという記述は、河北新報の記事とも合致するものです。
損傷燃料が1号機に集中している理由について、東電は「1号機は当社で最も古い原発で、燃料棒の製造時、品質管理に問題があり粗悪品が多かったと聞いている。2号機以降は燃料棒の改良が進み、品質は改善した」と説明した。
たしかに損傷燃料の数は1号機の70本という数は突出していて、2号機プールに3体、3号機プールに4体、4号機には3体ということだから、取りようによっては、原発の技術の進歩を物語っているように受け取られかねません。しかし、それは違っていました。なぜなら、
後始末より先に、さらなる負荷を検討するスタンス
ジルコニウム合金による被覆管は、過酷事故時には「安全を守る壁」として機能しません。しかし、通常の運転での安全性は、上の説明のように高められてきたようにも見えます。でも、ジルコニウム合金が思わぬ挙動をして、被覆管の破損に結びつく危険性をはらんだ状態が起こりうることが、2006年11月に更新された「原子力百科事典 ATOMICA」(一般財団法人 高度情報科学技術研究機構:RISTによる運営)に記されています。
軽水型原子炉のための高燃焼度燃料 (04-06-03-05)という項に曰く。
軽水炉燃料の高燃焼度化によって、ジルカロイ被覆管外表面の腐食量の増加、ガス発生量の増加による被覆管の内圧増加の可能性がある――。いずれも、被覆管の破損につながりかねない危険性の指摘です。
日本の技術が優れているおかげで、被覆管のリークのリスクは小数点の下に0が3つ並ぶまで低減されてきたはずなのに、どうして新たな危険要素が浮かんできたのでしょうか。
それは高燃焼度化という「時代の要請」に他なりません。従来は、中燃焼度と呼ばれる程度までしか核反応を進めさせずに燃料棒は「使用済み」にされていたものを、これまで以上にガッツリ核反応を進めさせようというのが高燃焼度化。要するに、できるだけ長期にわたって原子炉内に燃料を入れておこうという考え方です。
なぜできるだけ長い期間、燃料を入れておきたいかというと、原発の稼働率を高めたいから。その理由についてATOMICAの解説は、「定期検査期間を短縮し、次の定期検査までの原子炉運転期間(運転サイクル)を長期化することが設備利用率向上に必要である」というものです。あられもなく。
安全ですか、お金ですか?
河北新報の記事は伝えます。
損傷した燃料棒を取り出す技術は確立しておらず、2017年にも始まる1号機の燃料取り出し計画や廃炉作業への影響が懸念される。
1号機のプールには、おそらく運転開始間もない頃から、破損燃料が眠ってきたのでしょう。30年間も40年間も、取り出し方すら決めらることなく。
しかし、原子力発電の経済性の向上という目的のためなら、ジルコニウム合金の限界に挑戦するかのような高燃焼度化の検討は進められてきたのです。
被覆管をめぐる2つのお話を、ここにこうして並べるだけで、ひとつの問いが自然と浮かんできませんか。
「大切なのは安全ですか? それともお金ですか?」
新潟県の泉田裕彦知事ならずとも、そう質問したくなります。高燃焼化の検討がよくないというのではなく、ことの順番があべこべじゃないか、という疑問です。
河北新報のニュースを知らせてくれたのは、石巻の黒澤さんのフェイスブックページでした。こんなに考えさせられるニュースを教えてくれたことには大いに感謝したいところですが、とてもじゃありませんが、「いいね!」ボタンを押す気になれない、非常にいやなニュースでした。
●TEXT:井上良太
一般財団法人 高度情報科学技術研究機構(RIST)が運営する「原子力百科事典 ATOMICA」によるかなり専門的な解説。東京電力(株)をはじめとした電力会社で用いられているBWR用ウラン燃料の構成、設計および製造について詳しく解説されている。