ジャイアンツファン「Y君」との思い出

2月に入り、プロ野球各チームのキャンプが始まりました。いよいよ球春の到来です。

先日、ジャイアンツの高橋由伸前監督が広島カープのキャンプ地に足を運んだというニュースをふと目にしました。
(私、カープファンです)

久しぶりに高橋さんの元気な姿を見て、高校時代のYくんのことを思い出しました。

Y君と野球話を楽しんだ日々とその後

高校時代の話なのでもう20年以上前のことです。

クラスメートにY君がいました。

彼はとにかく物静かなタイプで、出しゃばらない感じの人。

一見ちょっと強面のところもあり、周りも積極的に話しかけることはなかったと記憶しています。


しかし、私とはよく話をしました。

彼は熱狂的なジャイアンツファンでした。

他球団の選手のことも詳しく、相手選手のこともリスペクトしていた彼とはなんだか馬が合い、毎日プロ野球の話しをしたものです。

東京ドームへの野球観戦にも何度か誘ってくれたことがあり、ライトスタンド(ジャイアンツの応援席)で試合観戦を一緒にしたこともあります。相手はカープではありませんでしたが。

球場では誰よりも声を張り上げて応援(時には痛烈なやじ)をするため、はじめて一緒に観戦したときは学校での様子とのあまりのギャップに面食らってしまったものです。勝った時のあの喜びようも、負けた時の凄まじいまでの落ち込みぶりも学校では決して見せることのないものでした。

とにかく、ジャイアンツ愛が半端ではありませんでした。


その後、学年が上がり専攻科目が別々になった後は話す機会がめっきり減ってしまったのですが、廊下で会った時なんかは必ずといっていいほど前日の試合結果など、野球の話を交わしました。

ただ、卒業後はなんとなくお互い連絡を取ることがなくなり、段々と疎遠になりました。
(当時はまだポケベルが全盛期で、Y君はそういったものを持つようなタイプではなかった、ということもあったかもしれません)

それから2年後の成人式の日。前年のドラフト会議では高橋由伸さんがジャイアンツに入団することが決まったことについて、久しぶりにY君と話をしてみたくて密かに探しました。

高校、大学野球から将来のプロの卵をチェックしていたY君は、高橋由伸さんをスカウト担当のごとく常にチェックしていて、ぜひ我が球団に!といったことを言ってていたのでさぞかし喜んでいるだろうと思い、そんな話がしたかったのです。

しかしながら、その時は結局会えずじまい。

まあキャラ的に成人式に出ないことも考えられるか、なんてその時は思ったのですが、少しした後、友人経由である情報が入ってきました。


「Y君が亡くなったらしい」


病気でした。
(非常に珍しい病気だったとだけ聞き、詳しくは今も分かりません)


その年の開幕後、高橋由伸さんは1年目から大活躍。

新人王争いは球史に残るほどハイレベルなものであったので新人王は取れませんでしたが、特別賞的なものを受賞したと記憶しています。

「高橋選手の活躍、Y君にも見てほしかったな。君の選手を見る目はやはり間違ってなかったね」と、しばらくは彼の活躍を見るたびにYくんを思い出し、半分泣きながら野球中継を見ていたのでした。

野球を通じて過去から現在、そして未来へ

それから20年。

その間、彼と一緒に応援した選手は全員現役を退き、そして高橋由伸さんは選手から監督になり、さらに昨年のシーズン終了後には監督をお辞めになり新たな一歩を踏み出しました。時代の経過の早さを感じます。

ただ、彼と毎日野球談義に花を咲かせたことは一生忘れませんし、彼のことも忘れません。

これからも高橋由伸さんを目にするたびにY君のことを思い出すと思います。

プロ野球はそんな人と人とのつながりもファンに与えてくれるのです。

これからも多くの子供達のあこがれであり、過去から現在、そして未来へと人の心をつなぐ素敵なものであり続けていてほしいなあと思います。


Y君、そういえばうちの丸選手がジャイアンツにFAしたね。きっと君の事だから、代わりにカープへやってきてくれた長野選手のことも全力で応援し続けるんだろうね。

今年ももうすぐシーズン開幕。楽しみだね!