ゴジラが「水爆怪獣」であるという設定は有名だ。石ノ森章太郎の「サイボーグ009」の敵、ブラックゴーストが死の商人を束ねる組織だということもよく知られている。鉄人28号はもともと旧日本陸軍が開発したロボットだったりもする。
アニメもヒーローものも制作者は戦争経験者
日本でテレビ放送が始まったのは終戦8年後の1953年。ヒーローものの元祖ともいえる実写版「月光仮面」の放送開始は1958年。アニメ「鉄腕アトム」は1963年スタート。テレビ草創期に誕生したいわゆる子供向け番組は、戦争から20年前後を境に数多く生み出されていく。その制作者たちはいうまでもなく、みんな戦争を体験した人たちだ。
当時の子供向け番組を観てみると、子供向けとは思えないほどシリアスな台詞や設定が見えてくることがよくある。たとえば、
戦争したり、人種差別をしたり、ひどいところではまだ人身売買だって行われているのよ。もっともっと地球そのものが平等で平和にならなければ。
引用元:ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」1966
この言葉が登場するのはウルトラシリーズ第一作、ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」。制作者たちの戦争観や平和観を反映している。当時の子供向け番組の中に込められたものを通して、戦後20数年の頃の「空気」を見ていきたい。
人類は大宇宙の仲間入りができるのか
ペギラやガラモン、カネゴンのようにメジャーな怪獣を生んだウルトラQだが、必ずしも怪獣ものとして企画されたものではないらしい。「1/8計画」や「悪魔ッ子」「あけてくれ!」のように怪獣は登場しないもののSFとして大人にも楽しめる作品がある。これから紹介する第三話「宇宙からの贈りもの」には怪獣が登場する。怪獣といってもバルタン星人やゼットンのように凝った意匠のものではなく、いわば巨大なナメクジなのだが(いろいろと大人の都合があるので文末にヘタッピなイラストを付けておきます)。以下、ネタバレしない程度に作中の台詞をご紹介。
宇宙開発局のえらい人
半年前我が国が火星の表面撮影を目的にロケットを打ち上げたことがあった。
記者
ああ、完全なる失敗に終わった例の…
記者
そうそう、たしか送信機の故障とかでね。そのロケットがどうかしたんですか?
宇宙開発局のえらい人
そのカプセルが戻ってきたんですよ。
万城目
え、なんですって!
記者たち
そんなことが、信じられない、ななどがやがや
引用元:ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」1966
主要キャストについてざっと紹介すると、万城目淳はこの番組の主人公。セスナとヘリを所有する航空会社のパイロットで、かなりの熱血漢ながらSF作家になることを夢見ている。おとぼけ役の戸川一平はパイロット助手。ドラマのヒロインは新聞記者の江戸川由利子。物語にはウルトラマンみたいなヒーローは登場せず、この三人トリオが数々の難事件を解決していく。そして事件解決に欠かすことのできないアドバイザーが一の谷博士だ。
一の谷博士
カプセルの中身を調べれば分かることだが、万城目くん、仮にこのことが事実だとするとどういうことになると思うかね。
万城目
はっ?
一の谷博士
あの時のロケットは軌道に乗って確実に火星に到達している。すると誰かが送り返してきたということになりはしないかね。
万城目
送り返した…
一の谷博士
だって君、それ以外に考えようがないじゃないか。
江戸川由利子
分かった。その誰かというのは火星の生物!
一の谷博士
そう。しかもそれは我々地球人類と同等かあるいはそれ以上の頭脳を持った生物だね。
万城目
火星人…
引用元:ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」1966
場面は変わって宇宙開発局の会議室。長官と科学者が極秘の会議を行っている。
宇宙開発局・長官
実はカプセルの中身を調べましたるところ、奇妙な物が紛れ込んでいたのです。
一の谷博士
というと?
宇宙開発局・長官
ウズラの卵に似た丸い玉が二つ発見されたのです。
一の谷博士
金色の玉が二つ…
宇宙開発局の学者
我々のロケット打ち上げを祝福して、火星人が贈り物をよこしたんじゃないのかね。
宇宙開発局の学者たち
(愉快そうに笑う)
一の谷博士
なるほど、これはかわいらしい。
内部構造は?
宇宙開発局・長官
不明です。じっくり調査してみなければ。
宇宙開発局の学者
あちらさんもシャレてるじゃないか。そんなかわいらしいプレゼントをよこすなんて。
宇宙開発局の学者
いやあ、友情の印という訳か。
宇宙開発局・長官
楽観は禁物です。いたずらに民心が混乱するのを避けるためにも、正体がはっきり分かるまで、このことは極秘にお願いします。
一の谷博士
うむ、用心するにこしたことはない。小さいが未知の物体だ。
引用元:ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」1966
と、ここまでがこの物語の設定に当たる部分。ここからいよいよ子供たちが楽しみにしている怪獣の登場となるわけだが、怪獣登場までの筋立てがサスペンスみたいで楽しめる。登場する怪獣が比較的地味なのに、放映前の試写会で評価が高かったという話もうなずける。
怪獣と人間の戦いがどうなるかは、ぜひDVDでお楽しみいただくとして、エンディング近くのワンシーンを紹介したい。
万城目
博士、火星人はどうしてカプセルの中に怪獣の卵を入れたんでしょう。
一の谷博士
うん、わしもさっきからそのことを考えていた。おそらく地球人類に対する挑戦かあるいは威嚇だね。
一平
威嚇?
江戸川由利子
脅かしってこと。
一平
脅かし…なぜそんなことをする必要があるんだ?
江戸川由利子
私に聞いたって。
一の谷博士
宇宙開発の目的で我々は人工衛星や宇宙ロケットを他の惑星に打ち込んでいるが、それらの星では大変に迷惑がっているのかもしれんな。
万城目
しかし、そんなことを言っても。人類の科学の進歩のためには…
一の谷博士
必要なことだと言うんだろう。
万城目
ええ、そうです。
一の谷博士
だが、我々よりはるかに進歩した文明を持つ星が無数にあると仮定してみよう。それらの星の間では、人間社会に法律や秩序があるように、大宇宙のルールがすでに確立されているのかもしれんぞ。
万城目
すると地球、いや我々人類だけがそれを知らずに、勝手に振る舞っているというわけですか。
一の谷博士
うむ、あくまでも仮説だがね。
引用元:ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」1966
ここからいよいよ、冒頭で紹介した台詞が飛び出すことになる。
一平
我々も大宇宙の仲間入りをしようぜ。そうしたら。
江戸川由利子
たぶんダメね。資格なしって言われるわ。
一平
ええっ、どうして?
江戸川由利子
戦争したり、人種差別をしたり、ひどいところではまだ人身売買だって行われているのよ。もっともっと地球そのものが平等で平和にならなければ。
万城目
うん、あの怪獣は我々にそのことを警告するために送られてきた、ということにもなるな。
引用元:ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」1966
ドラマはこの後、最後のもう一山を迎える。そして石坂浩二のナレーションによるエンディングとなる。
ナレーション
無限にある海水がこのドラマを締めくくってくれるに違いない、だが、地球上での政治的実権を握るための宇宙開発の競争が行われる限り、第二の宇宙からの贈り物が届くに違いない。それはたぶん、海水を飲んでますます巨大になり、強靭になる恐るべき怪獣に違いない。
引用元:ウルトラQ「宇宙からの贈りもの」1966
放映された当時、人類はまだ月に行っていない。それでもアポロやソユーズによる宇宙開発は子供たちにとっても大きな関心事。それも夢のある未来につながる話題だった。そんな子供たちが目にするであろう番組で、「地球そのものが平等で平和にならなければ」とか「政治的実権を握るための宇宙開発」という言葉が語られる。
番組制作者たちにとって、子供向け番組だからこそ伝えたいという空気があったということなのだろう。それはまた、そんな番組を受け入れた(視聴率は軒並み30%超だったという)50年前の世の中そのものの空気でもあったのだ。