少し前の話になります。今年の夏、中部地方の山に登りに行きました。登山の楽しみのひとつと言えば、下山後に入る温泉です。その日も山から下りてくると、「さてどこの温泉に入ろうか」と考えて選んだのが、山梨県韮崎市にある「武田乃郷 白山温泉」です。
白山温泉は営業時間、立地、露天風呂があるということで選びました。実際に行ってみると街が一望できる露天風呂が素敵です。また、湯船で聞いた話では、地元の方にも愛され、多くの人が入りに来ているとのことです。眺めの良い露天風呂と地域の社交場になっていることが印象的でした。そして、温泉にはもうひとつ注意を引くものがありました。
それは「絵画」です。温泉施設の建物の壁に絵が飾られていたのです。地元の小中学生が描いたものを展示している入浴施設はこれまでに何度か訪れたことがあります。しかし、白山温泉は美術に疎い私でも、名の知れた画家が描いたものではないかと思ってしまうほどのものだったのです。
「なぜこのような絵が?」目にした時、驚きはしなかったものの、そう思いました。のどかな場所にある、大きくもなく小さくもない一見普通にありそうな温泉施設に美術品が展示されていることを少し不思議に思ったのです。
その理由を知ったのは、それから数ヶ月経ったノーベル賞の受賞者が発表された時です。テレビをつけると、白山温泉が出ているではありませんか。
実は「武田乃郷 白山温泉」は、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授が私財を投じて造った施設なのだそうです。この話を聞いた時、「まさかノーベル賞受賞者が造った温泉だったとは」とびっくりしました。白山温泉は地元の人へ恩返しがしたいという大村教授の思いが形になったものだったのです。
すでにご存知かもしれませんが、大村教授のノーベル賞の受賞理由をご紹介しておきます。教授が世界で最も権威のある賞をとったのは「寄生虫による感染病に対する新しい治療法の発見」です。この発見により、アフリカなどで流行っている寄生虫病による失明から多くの人が救われています。視力を失わないで済むことがどういうことか。社会保障が十分でない国においては、命を救われたに等しいと言っても過言ではないように思います。
今日12月10日はノーベル賞授賞式。地元の人を始め、多くの方を幸せにしている温泉施設を造った大村教授の受賞を心から祝福いたします。