久しぶりにクリスマス・キャロルという言葉を耳にしたのは、2年目のイヴの前夜、石巻でのことだった。行きつけのバーでハートランドビールを飲みながらお店の人と話していたら「あ、雪が…」とお客さんの誰かの声がした。振り向くと窓の外には牡丹雪。お店に入る頃に降り始めた粉雪が、いつの間にかふかふかの雪に変わっていた。2階のテラスから外を眺めると、外階段も向かいの屋根の上もすでに真っ白だった。
「明日はホワイトクリスマスになりそうだね」。ぽかぽかの店内に戻ってそう言うと、「なんだかクリスマス・キャロルを思い出すなあ」と知り合いがつぶやいた。そうかクリスマス・キャロルか…。歌のことなのか、物語なのか、それとも映画のことだったのか、その時は聞かなかった。
雲丹クリームパスタとハートランドビールをもう1杯いただいてお店を出ると、石巻の町は真っ白に模様替えしていた。街灯と何軒かのお店の灯りしかない静かな町に雪がしんしんと降り積もっていく。ふだんから夜は寂しいくらいに静かだけれど、降り積もった雪のせいかいつもよりいっそう静かな石巻だった。話し声も笑い声も音楽も聞こえない町。もちろんクリスマス・キャロルの歌声も聞こえない石巻。今日はクリスマス・イヴ・イヴなのに。さっき耳にしたクリスマス・キャロルという言葉が頭の中に広がっていく。時計は0時を回っていた。
それから2年後の11月、福島のビジネスホテルのベッドの上でクリスマス・キャロルを読んでいた。といってもまるごと一冊読んだわけではない。眠れぬ夜の睡眠薬代わりに読んでいた中沢新一の文庫本の中にディケンズの「クリスマス・キャロル」が出てきたのだ。引用されたところを読んだだけで、こどもの頃に読んだ記憶がふわっとよみがえる。と同時に、ほとんど覚えていないところがたくさんあることに驚かされた。
ご存知の方には余計なお世話だろうが、ディケンズの「クリスマス・キャロル」はこんな話だ。主人公は冷酷無比な守銭奴で、人間の心の温かさとはまったく無縁のスクルージという老人。彼は強欲で金儲けしか頭にない人物だが、世間によくいる儲けたお金で贅沢をするようなプチブルジョワをも内心軽蔑している。限度を超えるほど質素に生活しながら、ただお金だけは貯め込んでいるという商人だ。
明日はクリスマスという日、スクルージの事務所に「クリスマスおめでとう!」と食事に誘いにきた彼の唯一人の甥を「バカバカしい」と追い返した後、その夜スクルージの寒々しい自宅にかつての共同経営者の亡霊が訪ねてくる。共同経営者はスクルージに負けぬほど吝嗇で強欲な老人だった。その亡霊がスクルージに告げたのは、金銭欲や物欲に取りつかれた人間の末路だった。人間は生きている間、互いに話したり理解しあったりするしながら、心を通わせ合う旅をしなければならない。生きている間にそうしないでいると、死んだ後も地上に残ってさまよい歩かなければならなくなる。もはや肉体を持たないので人と理解し合うこともできず、ただただ世界中をさまようだけなのだ。
そして彼の亡霊は、今夜スクルージのもとへ三人の精霊が訪れることを告げて去っていった。「バカバカしい」と口に出しそうになったものの、口にはせず、そのまま疲れて眠ってしまったスクルージのところへ三人の精霊が順番にやってくる。過去のクリスマスの精霊、現在のクリスマスの精霊、そして未来のクリスマスの精霊。過去のクリスマスの精霊は、こどもの頃の楽しかった記憶を甦らせるのではなく、経験しながらもその時には気づかなかった過去の出来事を知らせようとする。現在のクリスマスの精霊はスクルージを連れて空を飛び、ロンドンの町の様々な場所を見せていく。伯父を夕食に呼べなかったことを残念がりながら知人たちとクリスマスの食卓を囲んでいる甥、貧しくても幸せに暮らそうとしている人々、病院、養老院、監獄…。まるで透視するように人々の暮らしを見せて回る。そして未来のクリスマスの精霊は、いま現在のスクルージがこのまま過ごして行けばどんな未来を迎えることになるのかを伝える。
話の結末はともかく、いまになって感動的に思えてくるのは、クリスマスの食事に誘いにきた甥っ子がクリスマスについて語る言葉だ。
これはじつに良い時だと、ぼくは考えるんですよ。やさしい、寛大な、情にあつい、たのしい時なのです。男も女もみんな、かたくとざした心をすっかりひらいて、自分より身分の低い人だって、めいめいちがった人生の旅をする赤の他人ではなく、墓場までたどる旅のほんとうの道づれだと考えるようになれるのは、一年の長いこよみの中で、ただクリスマスの時だけだと思うんです。
引用元:「純粋な自然の贈与」中沢新一「ディケンズの亡霊」(底本は、チャールズ・ディケンズ「クリスマス・カロル」安藤一郎訳、少年少女世界文学全集イギリス編(3)、講談社、1959年)
スクルージほどの冷血漢ではないとは思うが、自分なりの人生を生きてきた中で、たくさんのマイナスなことをしでかしてきた。経験したのにその意味がわからなかったこともたくさんある。
こどもの頃にはクリスマスはスペシャルな日だった。といってもケーキを食べたりプレゼントをもらえたりできるという意味で特別だったわけだが。あとは、街を埋め尽くすようなジングルベルの音。喧騒としか言いようのない街の雰囲気。繁華街近くに家があったから、夜が更けてからのイメージは街にあふれる酔っ払い。キラキラの三角帽子を被ったり、ネクタイを鉢巻みたいに頭に巻いた赤ら顔の酔っ払いが、クラッカーを鳴らしたり、「メリークリスマス!」と叫ぶ怒号。
いやだなあと思っていた。でも、大人になってから似たようなことをしたことはなかったか? たとえばカラオケスナックで(かつてカラオケはルームではなくスナックだった)。別の席に座った見知らぬ人たちと盛り上がり、拍手したり指笛鳴らしたり、クラッカーをやたらパンパンさせたり、マラカスや鈴やギロを掻き鳴らしたり。
クリスマス・キャロルの世界とはほど遠い。
それでも中学の頃は12月になると、授業そっちのけで「クリスマスの意味とは」を熱く語る先生や、淡々と聖書を読む先生もいた。学校主催のクリスマス・コンサートもあったりした。どんちゃん騒ぎやプレゼント交換ではないクリスマスのことを、少しは教わった。高校でもやはりクリスマス・コンサートはレギュラーイベントで、でもこちらは学校ではなく音楽部主催。学園祭のステージではロックやフォークをがなり声で絶叫している連中が、人手不足の音楽部に助っ人入部して12月限定の聖歌隊になったりしていた。ふだんはジャカジャカギターを弾いてる奴らがしおらしく歌うハーモニーの美しかったこと。でもコンサートが終わったら「打ち上げどこ行く? お好み焼き屋?」みたいな言葉が飛び交っていたのだけれど。
クリスマスの意味ってなんだろう? とくに日本人にとって。消費拡大のためのプロモーションなんていうことではなく、クリスマスそのものの意味ってなんなのだろう。少しは考えてみたこともあったように思う。
しかし、大人になってからは、そんなわずかな機会もなくなった。そのうち親になるとクリスマスはプレゼントをする日になった。何度かは買うのではなく、つくったものをプレゼントしようとしたが続かなかった。12月になると「クリスマスにはあれとこれと買ってよ」と声が掛かる。「これはなしにして、あれだけにしときな」みたいな会話を交わす。本当ならもっと大切なことを話す機会があったはずなのに、毎年ただプレゼントを渡すだけの日。
スクルージの甥っ子の言葉を読んで振り返る。なんてもったい時間を過ごしてきたんだろうと思う。後悔する。クリスマスは、
「じつに良い時だと、ぼくは考えるんですよ。やさしい、寛大な、情にあつい、たのしい時なのです」
引用元:(前掲)
ずいぶん昔、被災地で聞いたゆうれいのことを書いたことがある。橋の上やスーパーの入り口、ホテルの前なんかに、震災で亡くなった人たちの霊が出るという話だ。いろいろな場所で、様々な人から聞いたからたぶん本当にいるのだろう。しかし話を聞く限りでは、被災地のゆうれいは、決まった場所に立っているだけ。
でもきっと、ゆうれいは精霊と同じように過去や未来を見通せたり、空を飛んだりできるはずだ。もしも被災地にたたずむゆうれいたちが、クリスマスくらい他の場所に行ってみようという気持ちになったらどこへ飛んでいくのだろう。
スクルージほどの冷血漢ではないけれど、ちょっと忘れん坊の人たちのもとへ、日本全国に飛んでいくかもしれない。そうして緑色の衣装を身に着けた精霊のように、人々を連れて「現在」を見せに飛び回るんだろう。今も涙にくれている人のところ、見通せない未来に絶望している人のところ、忘れられる苦しみに耐えて前に進もうとしている人たちのところ、伝えなければと頑張っている人たち、今度は俺たちが恩返しをするんだと日本中を飛び回っている人たちのところ。
もう一度自問してみる。もしも精霊が目の前に現れたらどうしよう。自分はどこへ連れて行かれるのだろうか。
人生の旅をする赤の他人ではなく、墓場までたどる旅のほんとうの道づれだ
引用元:(前掲)
賑やかな街にクリスマス・キャロルが聞こえる。歌声がスクルージの甥っ子の言葉のように聞こえてくる。