これほど心苦しいデータはない。東京電力は12月17日、「福島第一原子力発電所港湾内」と「福島第一原子力発電所20km圏内海域」の2つの資料に分けて、捕獲した魚介類の放射能分析結果を公表した。タイトルでは「魚介類の核種分析結果」となっているが、表示されている核種は、セシウム-134とセシウム-137の2核種のみ。あわせて双方の数値を合計したセシウム合計も示している。魚介類の汚染について注目されているストロンチウム-90の値は発表されなかった(測定しているかどうかは不明)。
すべてのデータの中で最高値を記録したのは、第一原発の港湾口付近で採取されたアイナメで、セシウム-134が640ベクレル、セシウム-137が2,000ベクレル、セシウム合計が2,640ベクレルというものだった。「またアイナメか」と思ってしまったのだが、公開されたデータを眺めていくと、ほかにも気づくことが多々ある。
検出限界値未満の場合のセシウム合計値の扱い
表中で「ND」と示されているのは、検出限界値を下回ることを示し、数値としてのデータを得られなかったということ。その後のカッコ内は検出限界値を示している。
たとえば「シロザケ(筋肉) No.1」の場合、セシウム-134は1キロ当たり5.7ベクレル未満だが、セシウム-137は6.7ベクレル検出されたという意味だ。
検出限界値5.7ベクレルで「ND」というセシウム-134の表記は、「0」かもしれないが、「5.699999…」である可能性も等しくあるということを意味する。
とすれば、数値として検出されたセシウム-137の6.7ベクレルと、NDだったセシウム-134を合計した数値を「6.7ベクレル」と明示的に示すのは、論理上明らかに間違っている。これは科学以前の問題である。
検出限界値は高すぎないか
試みに、港湾内のデータと20キロ圏のデータの1ページ目でNDと示されたデータの検出限界値を列記してみる。
<港湾内>
「5.7」「6.6」「7.4」「6.3」「5.5」「5.7」「7.6」
<20キロ圏>
「3.7」「4.4」「3.7」「4.0」「3.6」「4.0」「4.4」「4.2」「4.4」「4.3」
大きな差ではないが20キロ圏の測定データの方が検出限界値が明らかに低い。検出限界値とは、この数値を測定できるところまで測定しましたが、検出されませんでしたという意味で、測定に時間をかけるほど、低い検出限界値を得ることができる。
このことは、20キロ圏のサンプルについては港湾内のサンプルよりも時間をかけて測定したという傾向を示している。たとえば港湾内については「10未満で実務上無理のない範囲でできるだけ低い値まで」、20キロ圏では「5未満でできるだけ」といった測定に関する指示があった可能性さえ伺える。
翻って、サンプルの採取日をチェックしてみると、港湾内では11月6日から11月22日で最短のものでも採取から25日を経過している。測定にじっくり時間をかけることができないという理屈は通用しない。
先に指摘したセシウム-134と137を合計する問題も含めて考えると、検出限界値が高めであることは問題が大きい。
ストロンチウム-90を測定してほしい
魚介類については、セシウムの他にストロンチウム-90による汚染が心配されている。セシウムはカリウムと似た特徴があるため、動物の筋肉に蓄積されやすい。これに対してストロンチウムはカルシウムに似た性質があるので、動物の骨に蓄積されると言われている。
日本人の食生活で魚介類はカルシウムの主要な摂取源のひとつである。してみれば「魚介類の核種分析」と銘打たれたデータにストロンチウム-90の測定結果が表示されないのは、安全性を確認したいという国民の期待に応えてないのと同じだ。
ストロンチウム-90の分析には前処理に時間がかかり、検査結果を得るまでの4週間ほどかかると言われてきたが、サンプルとなる魚介類の採取が早かったものについてだけでも暫定的に測定結果を公表することは可能だ。「検査に時間が掛かる」とを説明した上で、ストロンチウム-90に関してはひとつ前のサンプリングの際の試料を用いて分析するという方針を打ち出したとしても、反対する人などいないだろう。
さらに、東京電力は福島大学が中心となって開発された「ICP-MSによるストロンチウム90分析法」を12月1日から運用開始したと発表している。この分析法は最短30分で測定が可能ということだから、今後の「魚介類の核種分析」では必ず活用してもらえるものと期待したい。(過去の試料には保存されているものがあるだろうから、それらについても測定結果を公表してほしい)
なぜ高いのか、どうして低いのか、理由が解らない
記事の最初に「これほど心苦しいデータはない」と書いたのは、公表されるデータの数値の高い低いが、地元はもとより広い範囲で漁業を営んでいる人たちや、海に親しんでいる多くの人々に大きな影響を及ぼすからだ。
問題なのは、示されたデータの高低がどのような理由によるものなのか、論理的な理解を超えていることにある。科学的に因果関係が説明できるものであれば対処の仕方もあるかもしれない。しかし、示されている結果はあまりにもランダムだ。
たとえば、事故直後から高い線量が測定され、幾度もニュースに登場してきた「アイナメ」という魚。たしかに今回の結果でも高い数値を記録するものがあった一方で、20キロ圏の<5/8>に示された請戸川沖合18km付近のアイナメは、セシウムが合計でもNDだ。
「海の外なら低くて当然。港湾内なら高いのも理解できる」という意見もあるかもしれない。では同じ港湾内でも数値に差があるのはどうしてなのか。
さらに言うならアイナメは、海底に砂地と岩場が交互するような場所を好んで生息している。生息環境としては、港湾内のサンプルにある魚種で言うならケムシカジカやクロダイとほぼ同様と考えられる。岩と砂がミックスする海底という点では、カレイやヒラメの住処とも隣り合わせだ。
釣りではイソメ(ゴカイ)や貝の形を模した擬餌、ルアーなどでアイナメは釣れる。食性は肉食、小動物を中心に食べていると考えられる。カジカやメバル、カレイ類とほとんど違いはない。
悪食で知られるクロダイは、イソメでもエビでもカニでもルアーでも、果ては魚肉ソーセージでもスイカでも釣れるほど貪欲だ。港湾内で様々な物を食べて、アイナメに匹敵するほど汚染されたクロダイがサンプルにかかっても不思議ではないと思われるが、クロダイの数値ははるかに低い。
アイナメにだけセシウムを体内に溜め込みやすい性質があるという可能性も否定はできないが、ケムシカジカは分類上アイナメとかなり近縁だ。
データからある程度妥当性を持って推測できるのは、ヒラメやスズキ、マゴチのような肉食魚の中でも魚食魚の中には高い汚染を示すものがあるということくらいだろう。しかしこれは、汚染された小動物を小魚が食べて、それを魚食魚が食べてという生物濃縮を示す現象で、一部のアイナメが極端に高い、あるいはアイナメ以外であっても、たとえ同種の魚でも個体差が大きいということの明確な説明にはならない。
理屈が分からない限り、単発的に高濃度に汚染された魚が現れるだけで、他の魚の安全性にまで疑問符が付けられることになる。
一体全体、何を調べようとしているのか
原発事故前にはなかった海の汚染が今も続いていることは間違いない。しかしそれでもデータをどんな気持ちで見るかによって、受け取る印象が変わってくる。
改善されてきたと読もうと思えばそう読めなくもないし、まだこんなに酷いんだという目で見れば確かに汚染は深刻に見える。
原発事故で高濃度に汚染された魚介類が大量に発生していた時期ならば、「この場所でこれほどの汚染魚が獲れました」というデータを示すことに意義はあっただろう。しかし、魚種、採取場所はおろか、同じ魚種でも同じ場所でも、測定される数値に大きなばらつきが見られるようになった現在では、ただ数値を調べて公表するだけでは済まなくなっている。
数値を測定し公開する目的があいまいになっているように思えてならない。広い範囲でサンプリングを行うことは重要だ。さらに範囲を広げてほしいほどだ。そして、さらにもう一歩踏み込んで、調査を再編する必要があるのではないか。
高い数値が出る理由、同じ種類でも高かったり低かったりする原因など、魚類の専門家も交えて、汚染の背景にあるものを明らかにしようしなければ、消費者に「安心」してもらうにはほど遠いだろう。
そして何より重要なのは、サンプルとしてではなく流通のために水揚げされる魚介類のきめ細かい検査と、高濃度の魚介類が水揚げされた場合の東京電力による補償だ。
さらに、漁業者にとって海は生業の場として重要な資源だが海は漁業者と東京電力だけのものではない。漁業者以外の市民・国民にとっても海がかげがえのない財産であるという基本的なスタンスを再確認した上で、海の安心を取り戻すための施策に取り組んでほしい。原発事故がなければ海がこんなことになることはなかったのだから。
検査のきめ細かさについては、福島県ではコメの全袋検査が行われていること、5ベクレル以下まで測定して流通に回す農家もあることを附記しておく。
発表されたデータのキャプチャ
港湾内のデータは2ページ、20キロ圏のデータは8ページで公開された。(画像を別ウィンドウで開くと文字や数字が読みやすいです)