醸造所の大樽が壊れてビールの洪水が発生――。思わず笑ってしまうような、奇想天外びっくり仰天な出来事ととらえていいものなのか悩んでしまった。
事故が起きたのはロンドンのど真ん中、トッテナム・コート・ロードにあった当時市内でも有数のビール醸造会社だったMeux and Co.Brewery。大英博物館と目と鼻の先に位置するビール会社だった。
事故発生は今からちょうど200年前のこと。英文の資料によると、金属製のタガがはめられた醸造樽という表現だから、おそらく木製の巨大なタンクだったのだろう。経年劣化が見られたというその大樽が壊れて、ビールが醸造所の中に溢れ出た。その勢いで他のタンクも次々に破壊されて、最終的には約8,500バレルのビールが流出したという。
8,500英バレルは約140万リットル。1万4000トンだ。流れ出したビールは建物の煉瓦壁を破壊して、セント・ジャイルズ教会周辺の道に殺到した。この事故で8名の犠牲者が出たという。
日本語版Wikipediaの記事によると、地下室に流れ込んだビールで幼児を含む人々が溺死し、また倒潰した建物の下敷きになった人もあったという。さらに翌日になって急性アルコール中毒でさらに1人が亡くなった。
とてもじゃないが、笑い話なんて言っていられない大惨事だったのだ。
いつ、どんなものが凶器として襲いかかってくるのか想定することも難しい。気をつけたくても気をつけようがない。そんな都市災害の典型と言えるだろう。
ビールが洪水のように押し寄せたセントジャイルス教会
ビール洪水と同様に食品が街を襲った災害として引き合いに出されるのが、1919年にアメリカのボストンで発生した糖蜜災害だ。こちらは蒸留場に蓄えられていた大量のシロップが流出し、まるで津波のように街を破壊し21名の犠牲者があったという。
濃密で比重の大きなシロップの流れは時速60キロにも達し、市街地を破壊し尽くしたという。シロップの除去には事故後半年を要し、30年を経た後でも暑い日には街にシロップの匂いがするとささやかれていたとされる。
人間がつくり出したものが人間を襲う。イメージからして、とても凶器になど思えないビールやシロップが人の命を奪ってしまう。ある意味で災害というものの本質を示す出来事だと言えるかもしれない。
ロンドンでビールの洪水が発生したのは1814年の10月17日。ボストンでシロップの津波が発生したのは1919年の1月15日。これらの出来事を忘れないようにしたい。