水没地から水が引いて現れた被災車両

宮城県東松島市に東名(とうな)という地域がある。実入りの良い大粒で美味しい牡蠣の産地として知られる場所だ。

海辺のこの集落は津波で大きな被害を受けた。JRの東名駅から東名漁港に向かう一本道沿いでは、すべての建物が失われた。広々とした田んぼは地盤沈下で水没し、巨大な入り江になってしまった。

震災後およそ3年にわたり、仙石線を越えていく高架橋の上からは、視界のすべてを覆うほどに広がる水没地が見られていた。人が立ち入ることのできない泥の海。それは、不思議とか驚異、言い知れぬ恐ろしさといった常ならぬ感情が渾然とした景色だった。

泥の海から還ってきた風景

防波堤の締めきり工事と排水工事の進捗で、水没した広大な土地の一部が姿を現した。

水に浸かっていたボディには牡蠣がびっしりと着いている。大きく成長した牡蠣殻が、時間の経過を物語る。

牡蠣が付着していないキャビンの上の部分だけを水面から外に出して、この軽トラは3年の時間をこの場所で過ごしてきたのだろう。

津波の被害を語り続ける象徴のように。

海に沈んでいた場所へ

震災の後の長い長い時間、海に沈んでいた土地へ渡る橋は、無残に破壊されたまま。

橋を渡った先に広がっていたのは、津波直後の光景。この土の中にきっとたくさんのものが今も埋もれたまま。

カメラのオートフォーカスが故障した。誰かが呼んでいるのかもしれない。
「そこじゃないよ、こっちにピントを合わせてよ」
残念ながら、その方の形見を見つけることはできなかったけれど。

流された区画の向こうに田んぼだった土地が広がる。

かつては家が立ち並び、その一軒一軒にさまざまな営みがあった場所。

かさ上げされた道路の脇にぽつりと取り残された軽トラック。彼の声が聞こえますか?

まるで干潟のような地形だが、この場所は田んぼだった。海に奪われた田んぼが、いままた人間の手に戻されようとしている。

水没地に残されたクルマは1台だけではなかった。

クルマの近くまでたくさんの足跡がついていた。

いったん海に奪われたものを取り戻すことは容易ではないかもしれない。

不謹慎かもしれないが、映画「猿の惑星」のラストシーンがちらとよぎった。

東北地方の海辺には、まだほとんど手付かずの場所が少なからずあると言う。

写真と文●井上良太