出会ったのは女川町のおちゃっこクラブ。テラスにやってくる小鳥の写真を狙って雪が残る店外を歩いた後、お店に戻ってみると、奥の支援グッズコーナーに見覚えのある後姿。石巻に移住して活動する写真家の平井慶祐さんでした。そっと近づいてびっくりさせて、「久しぶり~」と握手して、「あ、こちらは広島からやってきた増田さん。松島の桂島でビーチクリーンをしてきたところなんだ」と紹介されたのが、増田智明さんとの出会いです。
驚かされたのは増田さんの手。あかぎれとささくれで腫れ上がっています。「この手は水シゴトと泥シゴトで一所懸命に働いた手だ」と勝手に思い込んで、どんな活動をしてきたのか話を聞かせてもらうことにしました。
以下、その日の夕方、石巻市渡波にある慶祐さんのお宅でのインタビューの模様です。
おっと、その前に、慶祐さんから仕入れた情報をひとつ。増田さんは慶祐さんと旧知の間柄でしたが、今回の訪問は事前になんの連絡もなく、ビーチクリーンの現場でいきなり出会って慶祐さんもびっくりしたのだとか。おちゃっこクラブでの出会いの前に、慶祐さんと増田さんの間でも驚きの出会いがあったのです。なんでも、増田さんは慶祐さんのFacebookの記事を見て広島から宮城までやってきたらしいとのことでした。すごい行動力!
砂浜に埋まった船を人力で掘り出すミッション
まずは、前日までの桂島での活動について。
増田さんが参加したのは、松島沖に浮かぶ美しい島、桂島の浜辺に埋もれた2隻の大きな船を掘り出すボランティア。被災地の海水浴場を復活させようという活動です。
「塩竈港から船で桂島へ渡り、島の学校に集合。ボランティアが右と左の2班に分かれて、それぞれ砂浜に埋まった船を掘りました。砂の上に出ている部分だけ見ると、大きいのと小さいのの2隻のような感じでしたが、実際に掘ってみたら同じ大きさの船。しかも船は砂の中に斜めに突き刺さっている状態だったので、掘るほどに水との戦いが始まりました。砂浜だから深く掘れば水が出てくるんですね。しかも潮が満ちてきて、せっかく掘ったところを砂が埋めてしまう。掘っても掘っても流れてくる砂に埋められていく感じ。水をかき出しながら掘り進めるという作業です。2隻を掘り出すのは無理だから、全員で1隻を集中して掘るように作戦変更しましたが、それでも初日はなかなかうまくいきませんでした」
掘れども掘れども砂に埋もれていく。そんな作業に増田さんは何を思ったのでしょうか。答えはこうです。
「たぶん、無駄なことはないから」
うまくいかなくても、増田さんは、「いい活動でした。楽しそうだと思って参加して、やっぱり楽しかったですよ」と屈託なく笑うのです。翌日なんとか船を掘り出して、南三陸からやってきた漁船に引っ張ってもらって海に出した時には、
「人間の力はすごいなって思いました」
前日うまくいかなかった時にも、
「ダメでも、またやればいいじゃん、って思ってました」
夢の移動海の家、ぜひ東北で実現してください
増田さんは若い頃から、「いろいろな人に会いたい」と思って活動してきたそうです。自転車で日本一周したこともあるのだとか。留学したいという夢をもって専門学校で勉強しながら、飲食の仕事にはまって、その後ピースボートの世界一周の船に乗船することに。話を聞くと破天荒な人生のようにも聞こえますが、一本筋が通っています。
「思い立ったら止められなくなるんです。まわりの声が聞こえくなるんですね」
周囲からいろいろ言われても「それでもやってやろう」と考えるタイプなのだとか。そしていったん思い込んだら、実現のためにできる努力を尽くす。
たとえば、初対面の時に驚いた手荒れは、実は飲食の仕事を掛け持ちで続けたせいらしい。泥まみれのボランティア活動で、という予想は外れましたが、増田さんの話を聞くうち、そんなことはどうでもよくなっていました。原因はどうであれ、手荒れが彼の勲章であることに違いないと分かったからです。
「世界一周の船に乗った時のことですが、航海も終盤に差し掛かると『船を降りた後、なにをやるか』という話になるんですね。それまでは、自分がやりたいことを実現したいという気持ちが強かったのですが、ピースボートの船で平和的な活動とかNPO的な活動をしている人たちに出会ったのが大きかったと思います。船を降りて、広島にいったん戻って、そこで飲食の仕事を掛け持ちでやって東京に出るためのお金を作ったんです。だから今回は広島からまっすぐ宮城にやってきたのではなくて、東京経由。慶祐さんがこちらで活動しているのは知っていましたから、いつかは来るつもりだったのが、上京して間もなく、すぐにやってきたということなんです」
増田さん自身が、これからやりたいと考えているのは、
「移動海の家をやろうと考えています。ピースボートで知り合った仲間たちと協力して」
増田さんが考えている『移動海の家』は、その土地の自然のもの、地のものを使って、その土地の文化を意識しながらつくり上げる海の家。地のものを大切にというコンセプトだけ持って各地を巡り、その土地にあった海の家をつくり出すというものです。
「たとえばその土地の素材を使ってパオみたいな建物をつくって海の家をつくる。お店で出すのはその土地の食材を使ったもの。そしてその土地の海を楽しむ。そんなイメージです」
その土地にこだわって、自然や文化を取り入れた空間をつくり出す。そんな海の家が東北の海水浴場にできたら、どんなに素敵だろう。たとえば増田さんたちが船を掘り出した桂島の海水浴場にできたら!
やりたいと思ったことをやる。実現のために力を尽くす。そして徹底的にポジティブ。増田さんのような若者がどんどん東北で活動するようになったら、きっとすごいことになるんだろうなと思いました。東北の海水浴場にオープンする「移動海の家」がもう目の前に見えているような錯覚すら覚えたほど。
もちろん、見るだけじゃなくて、海の家づくりからガンガン参加させてもらいますよ。その時はよろしくお願いしますね。
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)