忘れられない記事がある。
80点取った高校生におまけするコロッケ店主
森島豊(もりしまゆたか)さん(79)
岐阜県御嵩(みたけ)町の店先に
「テスト80点以上にコロッケ2ヶ呈上」の「檄」。
近くの高校の先生が「生徒が勉強しない」と嘆くのを聞き、
6年ほど前から、
80点以上の答案を持って買いにきた生徒に、
1枚で2個おまけしている。
今春も女子生徒が大学の合格証を持ってお礼に来た。
■ ■
終戦直前、特攻隊に志願した。
出撃した仲間を思うと、若者がかわいくて仕方がない。
おまけの最多は20個。
成績の良かった子だけでなく
一緒に来た子が寂しそうにしていると
「がんばれや」と気遣ってその子にもおまけする。
「おじさん、太っ腹やね」
「生意気言うな」。
笑いが広がる。
店を継ぐはずだった長男は20年前、交通事故で32歳でなくなり
最愛の妻にも7年前に先立たれた。
自身も癌で胃と大腸を切除している。
店は一代でたたむつもりだ。
日本新聞協会に寄せられた「読んで幸せになった」記事1万点から07年度の「ハッピーニュースパーソン」に選ばれ、3日表彰された。「開店から40年以上。私こそ、お客さんから幸せをもらってきた」
(朝日新聞 2008年4月4日付 大阪本社朝刊)
※(写真は07年度の「ハッピーニュースパーソン」に選ばれた記事・・・朝日新聞 2007年12月13日付 夕刊)
この記事を読んだ当時、就職活動を控えていた。映画などで感動することがほとんどない筆者だが、記事と共に載っていた森島さんの笑顔に心打たれた。しかも、ただの「イイ話」じゃないらしい。色々調べてみたら、普通に美味しくて評判のコロッケのようだ。「ピリッとコショウの効いた」「スパイシーな」「サクサクの衣が」・・・。一度食べてみたい。確か当時は記者を目指していたが、就職活動では最終面接でやぶれ、紆余曲折したのちメーカーに内定。それでも新社会人になるにあたり、一度そのコロッケから”檄”をいただこうと、ユタカ精肉店のある、岐阜県御嵩町を訪れたことがある。記事からおよそ1年半後、2009年6月のことだ。
当時は兵庫県に住んでいたので、岐阜には何の用事もなかった。交通の便もそれほど良くなく、電車が通っているだけマシという程度。片道5時間30分かけて岐阜県・(名鉄)御嵩駅を目指した。道に迷いつつ、ユタカ精肉店を発見。しかし------「ごめんねー。今臨時休業で・・・。」
と女の人が声を掛けてきた。聞くと店主の娘さんだそう。店主・森島豊さんは体調を崩されたようで、臨時休業だという。営業時間内だったものの、シャッターが降りていたので嫌な予感はしたが・・・。長旅もあり、ショックは大きかったが、その日は諦めた。「兵庫から来た」というと、私の方が申し訳ないと思うくらいに謝って下さり、ジュースを1本頂いたのを覚えている。
それから3年の月日が経ち、私にも色々あったが、心機一転。静岡に引っ越したことを機にもう一度食べに行こうと決めた。静岡からでも岐阜となると長い道のり。ただ、町の様子は3年前と何の変りもなく静かだった。電車の存続運動が起こるほど、ひと気の無い町の印象・・・。定休日は月曜・火曜。営業時間は朝夕2度とのことで、夕方15時からの営業に合わせて店へと向かった。店には前回には見られなかった旗が立っていた。「良かった。店開いてる・・・!」それだけで嬉しくなる。静かな町、さらに県道から脇道にそれて行く。はっきり言ってしまうと決して良い立地ではなく、おそらく初めてなら迷ってしまいかねない。それでも、お店の周りだけは賑わっているから驚いた。
(左・静かな街並み。県道から脇道にそれると・・・)(中、右・地元で人気のコロッケ店・ユタカ精肉店に到着。)
新聞記事で見た森島さんの檄文がある。例の新聞記事も飾ってある。古くなってきた内装だが、それでもお店は現役バリバリであると伝わってくる。ただ、そこに森島さんの姿はなかった。2009年8月、ちょうど3年前に訪れた2009年6月の2か月後に、お亡くなりになったそうだ。「店は一代でたたむつもり」だったが、娘、孫の親子で引き継いで営業を続けているという。 お店には中学生、高校生と思しき子供も並んでいた。小銭を握りしめて揚がるのを待つ。コロッケはすべて手作りの揚げ立て。時間を待つ様子も穏やかな風景に溶け込んでいる。さらに凄いのは、お客さんの注文数だ。コロッケ20個、ハムフライ20個・・・と、大口注文が目立つ。家族連れで買いに来て、持参のかごをいっぱいにして持って帰るお客さんもいた。
お伺いしたところ、地元の高校である東濃高校では、森島さんが闘病の際、回復祈願に千羽鶴を折ったそうだ。バレンタインデーではお返しにと全校生徒にコロッケを贈るなど、地域との交流は非常に深いとのこと。店がとても愛されているんだと、改めて感動する。しばらく待つとコロッケが上がった。コロッケ、1個40円。創業時から守り続けている値段だとか。1日600個限定とあれば、売り上げもそう多くはないだろうが、森島さんの遺志もあり、この値段を守り続ける。
揚げ立てのコロッケはピリ辛だが、あとからじゃがいもの甘みが広がった。お世辞抜き、今までで食べたコロッケの中で一番美味しい。1人で食べるのにも関わらず、コロッケ、ハムフライなど、気が付けば揚げ物が10個ほど。それでも500円を切る値段に改めて驚く。森島さんの娘にあたる奥さんに「3年前にも来たんですよ」と告げると、「あぁ!あの時の!」と驚いた様子だった。何より覚えて頂いたことにびっくりしたが、静岡での新生活の激励にと、ハムフライを1個サービスしてくれた。
5年思い続けたコロッケの味にも感動したが、「長年愛される仕事」というものを5年がかりで勉強させていただいた気がする。岐阜県にはなんのゆかりもない。遠いし、特別友人もいない。それでもユタカ精肉店がコロッケを揚げ続ける限り、また食べに行こうと決めた。
(左・おまけで頂いたハムフライ。下味がしっかりしていてやみつきになる味。45円。)(右・看板商品のコロッケ。ソースは邪道という意見が多く、そのままで美味。スパイシー。40円)
◇参考ページ◇「テスト80点以上にコロッケ2ヶ呈上」の「檄」(朝日新聞 2008年4月4日付 大阪本社朝刊)
「80点以上でもらえる“ご褒美コロッケ”」(2008年2月22日 中京テレビニュース)
「ユタカ精肉店」◆住 所・・・岐阜県可児郡御嵩町御嵩1593
◆電話番号・・・0574-67-1290◆営業時間・・・11:00~12:30、15:00~17:30(売り切れまで)
◆休 み・・・火曜日