南三陸で毎年恒例のイベント「おすばで祭り」。今年は12月29日に福興市と合わせて、志津川仮設魚市場で開催。マダコ、にサケ、アワビ、ホタテなど南三陸名物の海産物に農産物や正月飾りまで特産品が勢揃いした。(おすばでとは酒の肴の意味)
タコもイクラも昆布も餅も、おすばで祭りに行けば正月を迎えるための食料(おすばで?)が揃うはずだったのだが、志津川仮設魚市場に到着した頃にはピークは通り越していて、中には早々に店じまいを始めているところまであるような状況。(閉店予定より早く着いたのだが……聞いた話では早朝からの来場者が多くて、予定よりずっと前にオープンしたらしい)
そんな中、「ちょっとこれ食べてみて」と声を掛けられたのがこれ。
「今回は試食だけなんだけど、これ何のフライだか分かる?」
何やら新商品のトライアルらしい。口に入れてみると、海風に吹かれて冷えていたものの、ふんわりした食感の白身魚フライみたいだ。
しかし、「何のフライだかわかる?」と聞いてくるくらいだからタラやメルルーサ、ホキみたいな一般的な白身魚フライでないことは明らか。しかし、それ以外思い浮かばない。見たこともないような深海魚か何かなのか、など考え込んでいたら、
「これ、サメなのよ」
と教えてくれた。「ホントはね、アオザメとヨシキリザメの二種類あったんだけど、ヨシキリザメはなくなっちゃって、これはアオザメ」と、さらに詳しい説明も。
「なるほど、たしかにサメと言われればそうかもしれない」とつぶやきながら、「でも臭くない」と内心思っていると、ご主人がかぶせるように説明してくれた。「灰干しにしてるからいやな匂いが抜けてるんです」
サンマの灰干しなら食べたことあるけど、サメってのは初めてですと言うと、「サンマの灰干しは和歌山が有名よね。でもこれはサメ。こちらの先生が研究してこられたものなんです」
先生と呼ばれた男性は、「この灰干しには宮崎の新燃岳の噴火で出た灰を使っています」と微笑しながら教えてくれた。
ふつうの干物は、天日で乾かす過程で旨味成分が壊れてしまいがちだが、吸水性の高い火山灰を使えば水分だけを取り除いて、旨味を凝縮することができる。水分を吸い取る際にサメ特有の臭いも抜けるので、試食したフライのようなサメとは思えぬ味になるわけ。火山灰で干すというと知らない人には驚きかもしれないが、サメの調理法として最適ということらしい。
先生と呼ばれた男性は干川剛史さん、大妻女子大学の社会学の教授だ。干川先生は2000年の三宅島噴火の被災地で灰干しを提唱。全島民が避難生活を余儀なくされた被災地で、火山噴火を逆手に取った復興プロジェクトとして注目を集めた。宮崎県高原(たかはる)町では、特産の鶏肉を使った灰干しを開発し、東日本大震災後に南三陸で灰干しを広める活動を行っている。
店に立っていたもう2人は松下初男さんご夫妻。ご主人は大阪の、奥さんは気仙沼の出身。現在は気仙沼市役所近くで、たこ焼き店「なにわのたこよし」を営業しているそうだ。
気仙沼といえばフカヒレの世界的生産地。しかし、フカヒレを取った後の魚肉はチクワやはんぺんなど練り物の原料に使われる程度で、積極的な利用は本格的には行われていない。たしかに、サメ肉を使った学校給食のニュースや、サメ肉は意外と美味しいといった話題が取り上げられることはあるが、話題になるほど珍しいことでもあるのだそうだ。やはりネックとなるのが臭い。そして臭いものだという先入観。
そんなサメ肉を積極的に活用することで、被災した気仙沼の復興につなげたいという思いでプロジェクトを進めている3人だ。しかし、サメの灰干しの開発ストーリーを聞いていると疑問に思うことがある。それはプロジェクトの進展の遅さ。2011年の東日本大震災直後には、干川先生はサメの灰干しを被災地に持ち込んでいるのだ。技術としては完成されたものと考えていいだろう。新燃岳の噴火被害に遭った宮崎(しかも鶏肉の灰干しの実績もある)からは、灰干し用の灰の提供の申し出がある。世界有数のフカヒレ産地の気仙沼では大量のサメが水揚げされている。条件は揃っているように見える。それなのに、2016年の暮れの今日になっても「販売ではなく、試食だけ」という段階で足踏みしているのか。
3人は少し言葉を濁した。サメ肉の普及をめぐっては、「被災地の復興につながる」という単純な話では済まされない、特産地特有の何か複雑な事情があるような、そんなニュアンスも感じられた。
福興市で出会ったサメの灰干しはキラリと光る逸品だった。この逸品の普及は進むのか。調査を続けたい。