【重要】第一原発・海水で検出された放射能の虚実

東京電力が5月11日付で発表した「地下水バイパス排水に関するサンプリング結果」はかなり重大な内容である。なぜならば、汚染がブロックされているとされてきた原発港湾内から、防潮堤を隔ててかなり離れた南側で放射能が検出されたからだ。

当日の日報には「前回採取した測定結果と比較して大きな変動は確認されていない。」と記されている。

海洋に排水した水の全ベータ濃度はNDだったのに…

東京電力が発表した以下のデータを見ると、排出した水の全ベータ濃度は、東京電力が測定したものも、第三者機関として日本分析データが測定した値も、ともに「ND」つまり検出されず、だった。検出限界に若干の違いはあるがともに1Bq/L未満だった。

しかし、排水した場所から原発の逆方向に200mほど離れた場所で採取された海水からは全ベータが16Bq/L検出されたというのである。

「福島第一原子力発電所 地下水バイパス排水に関するサンプリング結果 (南放水口付近)|東京電力 平成27年5月11日」より

発表された書面には「南排水口付近海水(排水路出口付近)」は、1~4号機排水口から南側約330m地点の「T-2」という観測ポイントであると注釈が付けられている。地図上で距離を測定すると、T-2は地下水バイパスの排水場所から200m以上南に離れている。

事故前の原発の写真で見てみると…

1~4号機排水口がどんな場所かというと、事故前の福島第一原発の資料として、東京電力のホームページに次の写真が掲載されている。

福島第一原子力発電所

www.tepco.co.jp

海に突き出す防潮堤の左(西側:陸側)に4機の原発建屋が並ぶ手前から、勢いよく水が噴き出しているように見えるのが、1~4号機排水口からの排水だ。この排水は原子炉で発生する熱量の約3分の2を、発電に使った蒸気の廃熱として環境中に排出していたとされるものだが、原発事故で原子炉とタービン建屋の発電用の配管がシャットアウトされてからは、ここから外海に流れ出る水の流れはないはずだ。

また、地下水バイパスとして「トリチウム以外はキレイ」なはずの水が排水されている場所は、写真の一番左手の建物の横付近。今回、海水から放射能が検出された観測ポイント「T-2」は写真の左端に切れるか切れないかの海岸だと考えられる。

そもそも資料では、地下水バイパスとして太平洋に排出された水は汚染水ではなく、トリチウム濃度は若干高いものの、セシウムやストロンチウムなどの放射性物質は測定しても検出できないほどの低濃度のものだった。

それがなぜか、排出された後の太平洋の海水からは、16Bq/Lという比較的低濃度とはいえ、東京電力の測定結果として明らかにされているのである。

写真の防潮に囲まれた第一原発港内と呼ばれる海域では、これまでも高い放射能が測定されてきた。しかしそれは、「港湾内にブロックされている」と主張された域内でのものだった。写真をご覧のとおり、港は外海と完全に遮断されているわけではない。作業用船舶等の出入りが事故後も必要だから、南北両方の防潮堤・防波堤の間には船が通るに十分なほどの隙間がある。

もちろん干満による潮位変化が原動力となって港湾内の水と外海の水は日常的に入れ替わる。そのことで港湾内の汚染水が、湾口付近の南北で観測されることもこれまでにはあった。しかし、今回全ベータ16 Bq/Lが測定された海水は、港湾内からも港湾口からも南に離れた海岸で採取されたものだ。

「汚染水は港湾内の限られたエリアでブロックしている」という説明を完全に否定するものだと考えざるを得ない。

お恥ずかしい話ながら過去のデータを見てみると…

ところが前述の通り、東京電力が日々発表している「日報」では、「「前回採取した測定結果と比較して大きな変動は確認されていない。」と記載されている。

まさかと思って、排水に関する分析結果から全ベータの値を遡ってみると、
4月20日発表分は、13 Bq/L
3月9日発表分は、12 Bq/L
2月6日発表分は、14 Bq/L
1月7日発表分は、11 Bq/L
12月4日発表分は、13 Bq/L
11月16日発表分は、10 Bq/L
10月10日発表分は、11 Bq/L
10月6日発表分は、10 Bq/L
9月30日発表分は、10 Bq/L
9月25日発表分は、14 Bq/L
と、ずっと1リットル当たり10ベクレルを超える全ベータを検出し、発表していたのだった。地下水バイパスが始まった当初からチェックしてきた当方としては、このことをこれまで看過したことは悔恨の一語に尽きる。

それどころか、地下水バイパスが開始された2014年5月21日に採取されたサンプルの測定でも、排水前から排水1時間後まで4回の海水の全ベータ測定結果は、12、12、11、13 Bq/Lだったのだ。

南放水口付近とされる観測ポイントのデータでは、2014年の6月9日、8月4日、2015年1月12日には、同じく1リットル当たり16ベクレルという計測値が最高値として記録されている。

つまり、地下水バイパスという形で「トリチウム以外はキレイな水」を海洋に投棄することを始めた時点で、すでに外洋というべき海域で、全ベータ核種(魚介類への蓄積が強く懸念されるストロンチウム-90を含む可能性がある)が、かなり高い数値で検出されていたということなのだ。

また、そのことについての説明も、メディアからの明確な指摘もなされてこなかったということなのである。

海水1リットルあたり10ベクレル程度の全ベータ濃度は「ふつうの数値」なのか?

科学の常識として、自然界に存在する放射性物質ではカリウム-40という物質がある。これはベータ線を放出してカルシウム-40に多くが変わる放射性物質で、岩石には多量に含まれるほか、食品にも多く含まれている。核実験や原発事故とは関わりなく、太古から生物の近くに存在してきた放射性核種で、海水中にも1リットルあたり約12Bq/Lが含まれるとされる。

しかし、そのことと、全ベータ濃度が10%をやや超える、カリウム-40の平均値とされる数値に近いからといって、「おそらくカリウム-40によるものだろう」と推測して済ませていいかどうかは別問題だ。

原発敷地内に溜まった高濃度に汚染された水では、全ベータの値とストロンチウム-90の値はほとんど近似的だ。仮にそのような汚染水が混入していた場合、海水を測定して得られた全ベータにどれだけのストロンチウム-90が含まれるか、精査が必要なのは言うまでもない。ましてや、ストロンチウム-90はカルシウムに似た性質を持っているため、海洋生物の中で生態濃縮されると考えられる核種である。

さてそこで、東京電力のその他の測定結果の発表を見てみると、原発近辺を除く海域での海水分析、例えば宮城県と茨城県で採取した海水の分析ではストロンチウム-90の濃度がND(検出限界未満)というデータが出されている。

測定を行った日本分析センターのストロンチウム-90の測定結果は、3月に採取したサンプルでは、仙台湾中央上層で、ND(測定限界値は0.0076 Bq/L)、茨城県の大洗海岸沖合3km上層でND(測定限界値は0.0087 Bq/L)だ。しかしカリウム-40の濃度や全ベータの値は示されていない。

また、原発の港湾外側の海底土の測定結果では、原発敷地北側の5,6号機放水口北側と南放水口南側で、採取した海底土を乾燥させた資料1kgあたりでND(検出限界値はそれぞれ0.57、0.55 Bq/kg)と発表している。

カリウムは別として、一般論としてセシウムやストロンチウムなどの放射性核種は、水中よりも土等の沈殿物に吸着されやすい性質がある。

(その性質を利用して、事故原発ではゼオライトという鉱物などによるセシウムやストロンチウムの吸着が行われている)

(また、カリウムが生物に吸収されやすい性質を利用して、水田等にカリウムを多量に散布することで、その他の放射性物質を生物が吸収するのを抑制しようという対策も陸上の農業分野ではとられている)

(さらにまた、カリウムは海水中に大量に存在するし、生物の体内にも生命を維持する必須の元素として非常に多く存在する)

つまり、環境によって全ベータを構成する放射性核種は大きく異なる可能性があるのだ。

だから、海底土の測定結果よりも海水の測定結果が大きく表れるというのであれば、なおのこと、海水の分析結果としてストロンチウム-90とカリウム-40のそれぞれの精密な分析結果を並べて公表する必要がある。そうでなければ安心は得られない。

(仮に主にカリウム-40によって海水の全ベータが12ベクレルのところに、ストロンチウムを含む汚染水が流れ込んで16ベクレルに押し上げているのだとしたら、という懸念が払拭されないということだ。12がたまに16になるくらい測定誤差のうち。大したことないだろう、では済まされない)

ところが実際に東京電力が公表している数値は、全ベータの数値とストロンチウム-90を正確に測定したものが混在している。この点が判断をあいまい化する方便に使われるようなことはあってはならない。

原発敷地内に滞留する高濃度の汚染水の場合は、全ベータの値がほぼストロンチウム-90の数値に匹敵する。またストロンチム-90の計測に時間がかかるため、その推測資料として全ベータを測定しているという側面は理解できたとしても、「汚染を港湾内の狭いエリアでブロックしている」とした、半ば国際公約が破綻していないのかどうかの検証は、誰の目にも分かりやすい形で行われるべきだと考える。それが原発事故の収束に真摯に取り組む基本的スタンスというものなのではないだろうか。