真夏の石巻、まちなかから日和山を越えた海近くの町、門脇(かどのわき)を歩きながら、ちょっと気になることがあった。
まさか、あの軽自動車、まだあったりはしないよな……。
石巻市で被災した自動車がまとめて保管されていたのは、すぐ近くの南浜。高く積み上げられていた被災自動車はがなくなって、もうずいぶん経つ。南浜と門脇では公園整備のための工事も始まるという。だからもう流石に、あの軽自動車もなくなったことだろうと思って、その場所に行ってみたら、その車はまだあった。雑草のジャングルに埋もれるようにして。
クルマ好きの人は見ない方がいいかもしれません。夏草に覆われた赤錆びた乗用車
(2014年の8月には深草の中に埋もれ、近づくことも難しかったので以下、前年7月に撮影した写真を掲載します)
どうしてこんなことになってしまったのか。
ドアノブも運転席のダッシュボードもシートもなくなって、ただ赤錆びた鉄板が車の骨格を残すばかり。
北側に日和山を控える門脇地区では、南に面する海からの津波で多くの家屋や自動車が山の麓に押し流された。押し寄せられた自動車は次々と出火。津波に破壊された町は壊された直後から炎の海になったという。門脇小学校に避難していた人たちが、「このままでは焼け死んでしまう」と日和山へ逃げたその場所だ。
翌日まで燃え続けたという激しい火災で、この軽乗用車も焼き尽くされてしまったのだろう。金属製以外の部品と言わず、ペイントの名残すら残さず、ボンネットやルーフの鉄板までが破れている様子が炎の激しさを物語る。まるで駐車場に入れているように敷地に対して几帳面な向きで擱座しているのは偶然なのか、誰かの手で運ばれたのか。
それでもリアウインドウから車中を覗き込むと、不思議な感覚に襲われる。シートの骨組みにクッションがよみがえってきて、車内も元通りになって、運転席には車の持ち主の誰かが座り、振り返ってこちらに声をかけてくれるような、そんな感覚。
この車を探しにくる持ち主はいなかったのか。車の持ち主を示す何もかもが失われたから、この場所にいつづけるしかないのか。
焼け残ったハーネスが垂れ下がり、さすがに頑丈な安全ベルトのガイドはそのままに、しかしエンジンヘッドは焼けるか解けるかしてカムシャフトまでもが空の下に晒された軽乗用車。
持ち主はどこにいるのですかと尋ねても、返ってくる答えはない。
この軽自動車をガレキと呼ぶことはできない。
写真と文●井上良太