東北楽天・田中の「沢村賞」受賞について考える

岩隈久志(楽天)

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●2012年、摂津と前田の場合

さらにもうひとつ、選考基準の曖昧さを感じたのが、昨年2012年。

この年の沢村賞は「前田(広島)か摂津(ソフトバンク)か」と言われていたのは記憶に新しい。2人の成績を見比べてみよう。


          登板 完投 勝利 勝率 投球回 奪三振 防御率 基準
摂津正  SB  27   3   17  .773  193  153   1.91  5/7
前田健太 広島  29 5  14  .667  206  171   1.52  5/7

沢村賞の受賞基準  25~ 10~ 15~ .600~ 200~ 150~ ~2.50


両者とも7項目中5項目を達成しているものの、どちらもズバ抜けた印象が残らなかったのが正直なところだ。摂津は17勝(5敗)を上げているが、完投数は3と、歴代の沢村賞受賞者には見られない少なさだ。

一方の前田は摂津に比べて5項目で上回った。しかし勝ち星は14勝に止まり、さらには、この年セリーグを制覇した巨人戦には1試合しか登板していない。それでも防御率が優秀なため、広島打線の援護に恵まれなかったと見る向きもあったが、パリーグ各球団を相手に万遍なく勝ってきた摂津に比べると、「その質はどうか」という点が議論されていた。

結果としては、摂津が選ばれることになり、沢村賞受賞者としては歴代最低の完投数となった。

選考委員会の談話によれば、「該当者なしとの意見や考えもあったが……」と報じられている。決定後も、選考委員の意見が割れたままだったこともあり、どこか釈然としない。選考委員会が組織されていながら、なんとも曖昧な結果に終わってしまった。

沢村賞の選考基準をもっと厳格に

2012年の摂津の受賞をめぐっては、沢村賞の選考基準は古い価値観の中で設けられたこともあり、選考委員の堀内恒夫は「投手分業化がすすんだ現代の野球では、基準が厳しいのではないか」とのコメントを残している。

しかし、そんなことはない。

かつてのように各項目を大幅にクリアするような投手は減っているが、2000年以降で、沢村賞の全項目をクリアしている投手は、


   日本ハム ダルビッシュ有(2007年・2008年・2011年)
   埼玉西武 涌井秀章(2009年)
   東北楽天 田中将大(2011年)
  オリックス 金子千尋(2013年)


……と、合計で4人もいる。

たしかに、現代的な選考基準ではないかもしれないが、そもそも、快速球を武器に「先発完投型」の投手として勝ち星を上げ続けた沢村栄治の功績を称える賞であるならば、選考基準に対してこそ、より厳格であるべきではないかと思うのだ。少なくとも、選考委員会を組織しておきながら、曖昧な基準の中で悩みつつ選ぶくらいなら、そっちの方がよっぽどシンプルでわかりやすい。なにも、毎年無理やり選ぶ必要はないだろう。

特に2008年のダルビッシュと金子の場合は、この厳しい基準をクリアしているにも関わらず、基準をクリアしていない投手が沢村賞を受賞しているから浮かばれない。特にダルビッシュは3度も基準をクリアしていながら、実際に受賞したのは2007年だけである。



2013年の今回、24勝無敗で終えた田中の沢村賞は「議論する余地も無く」「満場一致」で決まったと報じられた。こんなことでは、今後も沢村賞の選考について曖昧な選出が続くのだろう。ちょっぴり憂う気持ちになってしまう。

今の時代、実際の沢村栄治を知る者なんてほとんどいない。だからこそ、選考基準くらいは当時の沢村を意識したものを貫いてほしいのだ。