意識を原発に向けてくれるアート

いきなり引用で恐縮ですが、

展示室に入ってすぐのスペースに設置された宮本の「福島第一原発神社」は、
「会津・漆の芸術祭」などにも出品された2012年の作品。福島第一原子力発電所の4つの建屋の模型をそれぞれ和風の屋根で覆ったものだ。この驚くべき表現はパロディーや単純な批判ではない。

引用元:小川 敦生:日経ビジネスオンライン 「福島第一原発神社」で人々の意識を原発へ 愛知、瀬戸内海、ベネチア アートを巡る旅

「あいちトリエンナーレ2013」を紹介する記事の冒頭に添えられた作品写真は、立方体の原子炉建屋の上に、寺社のような巨大な大型屋根を載せた200分の1の建築模型。
作者は建築家の宮本佳明(みやもと・かつひろ)さん。ヴェネチア・ビエンナーレ建築展で金獅子賞を受賞したり(共同出品)、阪神淡路大震災で全壊判定を受けた築100年の自宅をたくさんの鉄骨で支えることで再生した「ゼンカイハウス」を発表するなど、世界的に注目されている。

記事は美術ジャーナリストで多摩美術大学教授の小川敦生さんによるもの。日経ビジネスオンラインの「仕事と人生に効く アートの発想力」というコラムに掲載された。

原発という難しい題材を扱った現代アートと著名なビジネス誌のWEBページ。
そのとり合わせそのものに、原発の「これから」を変えていく可能性が見えてきた。

見たくない現実を、目の前にぱっと現出させる

原発の「いま」は、残念ながら、すれ違いやかみ合わない言葉で埋めつくされているように見える。

なぜかというと、多くの人たちが原発を「できれば考えたくないこと」と意識しているからだ。

テレビに原発のニュースが映ると無意識にチャンネルを変えてしまう。
汚染水の漏えいは困ったもんだな、と思うことはあっても、汚染水の問題さえクリアされれば原発の廃炉がスムースに進むものだと信じたい。

だけど、アタマかカラダかココロのどこかで分かっている。何か大変なことが進んでいるかもしれないと思うからチャンネルを変えたくなるし、困ったもんだと小さく憤慨するのも、電気料金が上がるのはイヤだなという気もちとの間で精神的なバランスを保つため。原発という言葉から、明るい何かを想像するのは、いまでは非常に困難だ。

「でも、だって、自分にはどうにもできないもん」

たぶんたくさんいるだろう、そんな人たちを挟んで、「脱」の人たちと「推進」の人たちがかみ合わない言葉を投げ合っている。そんな様子を見てさらにため息をつく。無力感が先に立ってしまうから、原発に関連するものなんか見たくないなと思ってしまう。

そんな状況なんじゃないかと思う。

そこに神社かお寺のような屋根を載せた建築模型が登場する。
「これは何なのか」と、一瞬いぶかしく思ってしまうようなオブジェが出現した次の瞬間、言葉は変だがまるでネコダマシに合ったみたいに、生活に染みついた「目をそらしたい」という感覚が消え失せて、唐突にそれが目の前に現れる。これまで知っていたものとはあまりに異なった、屋根を載せた姿で登場することで、かえってそのものずばりが現出する。あんまり考えたくないという人たちだけじゃなく、「推進」の人も「脱」の人の眼前にも。

この一瞬を与えることが、この作品のすごさの焦点なのだと思う。

原発推進とか脱原発、反原発といった考え方の衝突よりも、多くの人たちが「見たくない」と視界からそらしていたことの方が大問題だったんだ。だって、いくら都合の悪い現実だって、直視しない限りいつまでたっても「これから」は始まらない。見さえすれば、おのずと未来は見えてくるはずだ。

そんな意味で、アートってすごいなと思う。
いや、それ以前に宮本さんがすごいのだが。

現代アートを見に名古屋の栄に行ったら、
ふしぎなオブジェに正面衝突するみたいに出会って、
その瞬間に、いろいろなことが了解されてしまうのだから。

筆者の小川さんも、たぶんビジネス雑誌の読者の人たちに、そんなことを伝えたくて、国内外のアートイベントを紹介する記事の冒頭に、破壊力の大きなこの作品を紹介したのに違いない。(違っていたらごめんなさい)

宮本作品に一瞬のインパクトの力を見たのは、あくまでも個人的見解であって、作家自身が語るストーリーは緻密かつ遠大だ。そこには重層的なアートの構造がある。
作品が大阪の橘画廊で発表された際の作家自身による解説は圧巻。
なぜ現状を生かした水棺による維持管理なのか。
どうして原発に寺社風の屋根なのか。
記憶を正しく継承する建築とは。

屋根を載せた原発を国宝として1万年維持していくべきとの宮本さんの提案。
原子力への「畏れ」の意識を喚起して、
原発事故の現場で働く人たちを「作業員」としではなく、
白い衣装を身にまとった「鎮める神官」としてとらえ直そうというビジョン。

だから原発はやめよう、とも、それを踏まえた上で原子力利用を進めよう、とも、
どちらの立場にとっても共通のプラットホームになりうる前提だと思う。
ぜひお読みください。

橘画廊のWEBページはこちらです。

今回のトリエンナーレで、作家は美術展の会場となった名古屋市栄の愛知芸術文化センターを原発に見立てた作品「さかえ原発」も展示している。センターの2階から12階までの吹き抜けの壁面などに、黄色や青のテープで圧力容器や格納容器などを原寸大で表現。写真やテレビ画面で見るだけでは実感できない原発の大きさを実感することから、意識を原発に誘導する作品だ。

「あいちトリエンナーレ2013」は、宮本さんのほか世界34の国・地域から122組の美術家、建築家、劇団などが参加して開催中の3年に一度の国際芸術祭。

「アトムスーツ」で知られるヤノベケンジの巨大オブジェ、避難所を思わせる段ボールの仕切りの向こうで避難所の映像が流されるアーノウト・ミックの「段ボールの壁」、ハン・フェンの「浮遊する都市 2011-13」、気仙沼で収集した被災物の映像を紹介するリアス・アーク美術館の展示など、見どころは多い。

8月10日からスタートした会期も、残すところあとわずか。10月27日(日)にはフィナーレを迎える。

●TEXT:井上良太