大河・北上川のほとりで、カヌーによる自然体験活動を続ける新井偉夫(ひでお)さんに偶然出会った。
新井さんは震災の後も、こどもたちを中心に、水辺に親しむ活動を続けているという。偶然お会いできたのはラッキーと言うほかない。カッコよさは噂どおり。明日の石巻に光を感じたひと時だった。
「参加するこどもは半分に減った。でもね、それでもカヌーをやりたいっていう子がいるっていうことだよ。その意味を考えなければならない。石巻は震災の津波で大きな被害を受けた。こどもたちだって大変な思いをしてきた。辛い経験をしたのに、それでもカヌーをやりたいと言ってる子がいるんだ。俺たち大人がどう応えていくかが問われている。この活動は継続していくよ」
新井偉夫さん。NPO法人「ひたかみ水の里」の代表理事として、北上川と石巻の海を舞台に震災のずっと以前から、こどもと大人たちを対象とした自然体験活動を展開してきた。アウトドア系の人たちの間に多くのファンがいる人物だ。そんな新井さんが自然体験活動のキーアイテムとして重視しているのがカヌー。
「カヌーに乗れば、協力することの大切さが自然とわかるんだ」
つまり、こういうこと。
いきなりこどもだけで船を出すと最初はちょっとびっくりする。でもカヌーの運転は想像以上に簡単だ。右側を漕げばカヌーは左に曲がるように進む。右を漕いで、左を漕いで、左右をバランスよく漕げばまっすぐ進む。基本はそれだけ。大切なのは一緒に船に乗った子ども同士が声を掛け合って、パドルを入れるタイミングを揃えること。
それでも、右と左で漕ぐ力が違ったり、なかなか思うように進まないこともあるかもしれない。でも、カヌーはすでに水の上。誰かに頼ることはできない。そんな時、工夫や協調の気持ちが自然発生的に生まれていく。
弱い側をみんなでカバーするように工夫したり、分担を変えてみたり、いろんなアイデアがこどもたちから飛び出してくる。試行錯誤の中で、少しずつコツがつかめてくる。
「協力することを体で学ぶのにカヌーは最適なんだ。もちろん、人間にとって一番身近な自然である水辺での体験だから学ぶことも多いよね」
ほたるや鳥や魚、水草などの自然。江戸時代から流域の整備が行われてきた北上川や、明治になって開削された北上運河のように、歴史の中で人が関わってきた川の文化。もちろん遊びとしての楽しさもある。難し過ぎず、やさし過ぎない絶妙のバランスがカヌー体験のいいところ。さらに、自然が相手だから安全についての考え方もしっかり学べる。
新井さんが自動車のトランクから取り出したライフジャケットを見て驚いた。
「これか? 古くなったライフジャケットを別の部品と組み合わせて再生したんだよ。捨てるんじゃもったいないからね。組み合わせて作ったら元より浮力が高くなったよ。鉈を付けているのはいざという時のレスキューの必需品だからだね」
肩ひもの部分には縫い合わせた糸のはっきり見て取れる。浮力体も張り合わせているのが一目でわかる。
「これを見たら、安全の大切さはもちろん、ものを大切にすることの大切さもわかるだろう」
新井さんの言葉でもうひとつ印象的だったのが、「悪天候など条件が悪い時には活動を中止する」という話。どんなに楽しみにしてきたイベントであっても、たとえ延期できる日程がなくても、危ない時にはきっぱり中止する。きっぱりとだ。
きっぱり中止を決断するところを見せることで、こどもたちに水との付き合い方や安全の考え方を伝えていく。こどもだけでカヌーに乗せることも、手縫いの改造救命胴衣を使うことも同様だ。関わり合いの中で伝えられていく行動と言葉は、「生きる力の核」として根付いていくことだろう。
震災で被災地のこどもたちは「水の恐ろしさ」を知った。恐怖から逃れられずにいる子もある。
しかし、石巻に生きてきた人たちは、長い歴史の中でずっと水と関わりあって過ごしてきた。水辺に親しむ経験の中で、たくさんのことを学んだり身に付けたりして生きてきた事実は変わらない。
「震災があったからこそ、水辺の活動に意味があるんじゃないか」と新井さんは言う。
震災の年の夏には、牡鹿半島の荻浜小学校からの依頼を受けて、こどもを対象とした海でのカヌー教室を行った。震災から4カ月ほど。その頃はまだ港も海の中もがれきでいっぱいだったという。保護者や浜の人たちが協力して、カヌー教室のためにがれきを片付けてくれたのだとか。
こどもに「伝えていく」ために、大人たちが力を尽くす。新井さんに言わせれば、それは「当たり前のこと」。
大切なことを当たり前のこととして続けていく。
どんなことでもはっきり言う。相手が誰であってもだ。瞳の奥に、こどものような無邪気な光と、厳しくて優しいおじいちゃんの眼差しが同居している。
新井さんみたいにカッコいい大人がいることは、明日の石巻の輝けれる財産だ。
(次回はサポート活動に参加させてもらいながら、お伝えしたいと思います)
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)