3月11日、朝の風景

3月10日の次の日は11日。当たり前のことなのだが、気持ちがざわざわするのはなぜだろう。

式典会場の大きなテントの向かい側、コミュニティホールに掲げられる旗が半旗だった。毎朝9時に掲揚される3つの旗。今朝、その旗を掲げた人は何を思ったことだろう。

コミュニティホールの中ではいつもどおりラジオ体操。いつもと同じ風景に少しほっとするのだが、手を上げたり下ろしたりするのさえぎこちなくて、何度も体操を間違えてしまった。

ざわざわ。

体操が終わった後は、いくつもの輪ができておしゃべりが始まるのもいつものこと。いつものことなんだが、今朝はみなさんどこか慌ただしげで、よそよそしい。一人暮らしのおばあさんが「お茶っこする人を探しているんだけど」とベンチに座っていたのだが、「今日はいろいろあるから」とみんなそれぞれのわが家に戻っていって、わたしも自治会長さんと長話してお相手することができず、寂しそうに立ち去る背中を見送った。

ひとりで家にいると、いろいろなことを考えてしまうから、誰かと一緒にいたかったのだろうに。テレビをつけても震災の話ばかりだろうし、震災以外の番組が流れているのを目にしても、やはりいろいろなことを考えてしまうだろうから、きっと誰かと一緒にいたかったのだろうに。声を掛けられなかった。

ざわざわ。

今日は工事はお休みのところもある。その一方、歩道をていねいに掃き掃除している作業員もいる。その隣をいつもと同じく大型ダンプが土埃をあげて走り去る。工期が迫っている現場では3月11日も関係なしなのだろう。

ふだんはほとんど歩行者のいない国道沿いを、カメラを提げた人が歩いて行く。新聞社の黒い車が何台も走る。ワゴン車を停めて黒い服に着替えている一団がいる。スーパーのレジが午前中としては異例なほど混雑している。列を作っている人の中には、家にいたくない人たちもいたことだろう。買い物カゴの中に花を入れている人も多い。

ざわざわ。3月10日の次の日は11日というだけのことなのに。だけのことではない日、3月11日。