東北の地に蕎麦を蒔いたトヨタグループのボランティア。なぜ住田町でだったのか

7月末の夏祭りに合わせてやってきて、トヨタグループのボランティアチームが住田町の畑で蕎麦を蒔いてから3カ月。蕎麦畑の蕎麦はしっかり実をつけていた。

彼らが夏にやって来た時には、『デンボク設置』という農作業が物珍しくて、ボランティアさんたちのさらにサポートという立場で参加させてもらった。デンボクはさておき、まず興味深かったのは蕎麦の種の蒔き方。あらかじめ地元の人たちが用意してくれた畑(おそらく休耕している田んぼ)に種を蒔くのだが、家庭菜園で大根やブロッコリーの種を蒔く時みたいに、溝を掘って何センチおきに何粒蒔くなんてことはせず、相撲取りが土俵で塩を撒くようにばさ〜っと撒くわけだ。ほんとにこんなんで大丈夫?と心配になるくらい、無造作にば〜っと。

耕された畑の端にボランティアさんや地元の方々、小学生たちが一列になって、ふかふかの畑の土を踏みながらばっさばっさ〜と種を蒔いていく。作業を指導してくれた地元の人はそんな様子をニコニコ笑顔で眺めながら、「踏み跡がある所は種蒔いたってことだかんな〜」とか、「ほらそこ、あんましパラパラ蒔いてんじゃないぞ、ばさ〜っと蒔かねば踏み跡だけあって種がねえってとこができちまうかんな」などと指示というほどでもないことを叫びながら、晩夏の日差しの中に笑顔の花を咲かせていた。

蕎麦の種蒔きって愉快だ〜。ボランティアに来ていたトヨタグループの皆さん以上にはしゃいでしまった。

で、種蒔きというくらいだから種を蒔いてしまえば仕事のほとんどが終わったのかと思ったら、その続きのステップ、ボクサク設置こそがこの日の作業の目玉だった。

ボクサクとは『電気牧柵』の略称。野生動物が入らないように、田んぼや畑の周りに張り巡らせる電気柵のこと。とくにこの辺ではシカが畑を荒らすことが多いので、柵を潜られない低い高さから、飛び越えられない高さまで三段に金属線を綯い込んだロープで畑を囲っていく。

ロープが弛んじゃ困るので、まずは50メートル四方ほどの畑の端にそれぞれ10本ずつほどの支柱を立てる。支柱はまっすぐに並んでないと目ぐさい(みっともない)ので、まずは四隅にロッドを立ててから、間は目通しで並びを確認しつつ並びを見てから畑の端に支柱を突き立てる。

天下のトヨタグループさんのこと、まっすぐ並べるとかまっすぐ立てるとか、そういう『工学の基本のきの字』のことだからお手の物だ。とはいえそれでも、支柱の間隔が目ぐさかったり、支柱がまっすぐ立っていなかったりで試行錯誤。あーでもこーでもないと言い合いながら、思いのほか時間がかかってしまって作業途中に、「体操の時間です。仕事の手を休めてラジオ体操しましょう」なんて放送が防災無線から流れてきたのに合わせて、みんなで「手を前から上に上げてのびのびと背伸びの体操から」とラジオ体操したりの楽しい時間も過ごしつつ、電気牧柵の設置を完了したのだった。ほぼ全員がボクサク初体験ながらこの出来映え、お見事!

3カ月前のボランティア活動の話が長い前置きになってしまったが、お伝えしたいのは継続して来てくれることのありがたさ。蕎麦蒔き当日は仮設住宅からの参加者は少なく、肉体を酷使していい汗かくゼという活動でもなく、被災した人たちとふれ合う機会も限られたものだったかもしれない。それでも、震災直後からボランティア活動のベースとなっていた住田町にたくさんのパワーを注いでくれたこと、それを継続してずっと続けていることに敬意を表すなんてものではないな、この人たちすごい。震災直後からずっと支援を続けて来ているのだ。

住田町は津波の被害を直接受けたわけではない。震災後、ライターとしてリサーチする中で、正直な話、住田町という地名はほぼスルーしていた。遠野や花巻といった内陸部の都市も同様だ。でも、町が消滅するような被害を受けた三陸沿岸部の復旧のために、地震の揺れによる被害だけにとどまった地域の全面的といってもいいようなバックアップは欠かせなかった。

ロジスティクス。物だけではない。人のつながりとしてのルートづくり。そんな『支援の流れ』を強く意識しているからこそ、トヨタグループさんは震災後5年半が過ぎた今でも住田への関わりを続けているのかもしれぬ。

秋風はその風の音の中に、いろんな言葉を感じさせてくれるものだ。人は枯れ葉を散らす風の音に「愛しい人の心が離れていく」とか、人生の寂寥感とか、「焼き芋がおいしい季節ね」とか勝手な思いをなぞらえようとするものだけれど、住田町の山間の畑に実り、畑のみならず、風に飛ばされたのかデンボクの外側でも実をつける蕎麦の実の美しさ。そこに流れる風の音を、「大企業だから企業=社会的存在であることを常に表明し続ける必要があるんだろうね」とか「母体が大きいからこそできることだよな」といった僻みの歌として聞くことはできなかった。

大企業の企業グループによる支援だからと、ちょっと色眼鏡で見ていた自分が恥ずかしい。蕎麦七十五日という言葉もあるという。蒔かれた種はいずれは実る。実りを得るために何をするか。住田の秋の畑の中、茎を真っ赤に染めて実ったつややかな蕎麦は、いろんなことを考えさせるものだった。