10年前の年の瀬は一生忘れることができないだろう。あの年の暮れ、人生で最悪のクリスマスと最高の年越しを経験した。
人生最悪のクリスマス
10年前の12月下旬。当時、世界一周旅行に出ていた私は独り、南米アルゼンチンで山を登っていた。頂上まで登ることはできたものの、下山の際に両方の足の爪をあわせて5枚剥がしてしまった。
12月23日、心身ともにボロボロの状態で下山をすると、そのまま逃れるようにアルゼンチンのメンドーサへと向かった。足の痛みはかなりもので、100mほどの距離を歩くのに10分近くの時間を要してしまうありさまだった。
メンドーサでは部屋のベッドでずっと横になっていたかった。しかし、ご飯を食べないわけにはいかない。そのため夕食時になると街にでて、痛い足を引きずるように食堂を探した。
しかし、その日はちょうどクリスマスイブ。どうやらアルゼンチンではクリスマスは休日らしく、どの店も閉まっていた。探せど探せどどこへ行っても食堂は閉まっていた。1軒だけ開いている店があるというので行ってみた。お店は長期旅行の際には決して入らない高級レストランだったが、この時ばかりはそんなことも言っていられなかった。ところが、レストランに着いて入ろうとすると、
「ご予約はありますか?」と聞かれた。そんなものはないので、
「ない」と答えると、入場を断られた。
捨てられた子猫のような気分で、足の痛みをこらえながら晩飯を求めてさまようこと2、3時間後の深夜。ようやくガソリンスタンドに併設されたコンビニを見つけ、そこでハンバーガーを買い、店のレンジで温めて食べたのだった。
賑やかな年越しを求めてサンチャゴへ
クリスマスの翌日。痛みは依然あるものの、年越しは賑やかに迎えたいと思い隣国チリの首都、サンチャゴにある日本人バックパッカーが集まると言う安宿に移動することにした。
12月26日午前、メンドーサからバスでチリの首都を目指す。
サンチャゴのバスターミナルに到着すると地下鉄に乗り換えて旧市街の中心地、アルマス広場で降りる。宿はすぐ近くだった。
旅行者で賑わっていることを期待していたものの、宿は閑古鳥が鳴いていた。
チェックインしてからの2日間、旅行者は誰もいなかった。しかし、3日目。ひとりの日本人バックパッカーがやって来た。どこかで見た顔だった。ただ、それがどこであったかまでは思いだすことができなかった。
彼はチェックインを済ませると挨拶をし、「両替をしたいのですが、レートの良い銀行をしりませんか?」と尋ねてきた。私も大晦日の前にまとまったお金を両替しておきたいと思い、彼と近くの銀行へ行くことにした。
銀行に着くと、窓口で両替をするために米ドルのトラベラーズチェックにサインをしていた。すると私の名前を目にした彼が「ひょっとして、4年前にトルコのカッパドキアにいませんでしたか?」と尋ねてきた。
「ええ、いましたよ!」と答えると同時に思いだした。
彼は4年前、アジア横断旅行をしていた際にトルコのカッパドキアで出会った旅人だった。お互い、偶然の再会に驚き、そして喜び合った。足を怪我をして以来、痛みに苦しむ辛い日々がずっと続いていただけにこの時の喜びはひとしおだった。年越しは彼と共にすることになった。
するとさらにその翌日、それまで誰もいなかったのがうそのように次々と旅行者が来て、最終的に9名の日本人が安宿に集った。
集まったのは畳職人や公認会計士、南米最高峰の山に挑戦するためにチリに立ち寄った登山者、北米のアラスカから自転車で南米最南端の町まで目指している旅人など、実に個性豊かな旅人ばかりであった。
みんなとてもオープンな性格だった。その晩一緒にお酒を飲みながら話すと、まるで数年来の友人のように打ち解けて、出会ったばかりとは思えなかった。素晴らしいメンバーがサンチャゴに揃った。
人生最高の大晦日
大晦日はこの個性豊かなメンバーで盛大に年越しパーティーを開催することになった。
大晦日当日。近くのスーパーに繰り出して大量の食材やお酒を買い込んだ後、中央市場に行ってサーモンをまるごと一匹買った。おろして刺身にするためだ。ひととおり買出しが終わると宿に戻り、パーティーに備えて各自が準備を始めた。
この年最後の陽が落ちると、いよいよ1年の最後にして最も賑やかなパーティーが始まった。
一番の目玉はワインとサーモンの刺身。ワインはチリを代表するワイナリーであるコンチャ・イ・トロのディアブロだった。普段は安いパックのワインを飲むことが多い長期旅行者たちにとっては贅沢な最高級ワインであった。
刺身はおろした人の腕が悪いのか、それとも包丁の切れ味が悪かったのかはわからないが、見た目はお世辞にもいいと言えるものではなかった。しかし、味の方は絶品であった。パーティーの参加者全員が長期の旅行で日本食に飢えていたこともあり、サーモンの刺身はこの上ないごちそうとなった。
美味い酒、新鮮な刺身に加えて異国での大晦日。そして何より個性豊かな旅人たちが集まったのだ。盛り上がらないはずがなかった。ワインを片手に、サーモンの刺身をほおばりながら、みんなで語り、そして騒いだ。この上ない至福の時間が流れた。
「時よ止まれ」そんな魔法ような言葉があるなら唱えたかった。しかし、時間は過ぎてゆく。徐々に年越しの時間が近づいてきた。
新年を迎える直前、みんなで宿の外にでてみた。
すると通りは人で溢れかえっていた。私たちもその中に加わる。そしていよいよカウントダウンが始まった。
「10、9、8、・・・」
気持ちがたかぶってくる。そして、ついに
「3、2、1!」
夜空に新しい年を告げる大きな花火が打ちあがった。
その瞬間に新年の祝いの言葉を叫び、あたりは歓喜に包まれた。
こうして、人生最高の大晦日は終わったのだった。
その後。そして、チーム・サンチャゴ
帰国後、サンチャゴの旅仲間とは日本で何度か再会を果たし、頻度こそ減ってきたものの、今でもときおりメールなどで連絡を取りあっている。
自然、遺跡、食、文化。旅にはいくつもの魅力が詰まっている。しかし、一番の魅力は「人との出会い」。改めてそう感じさせられた10年前の大晦日であった。
あの年の聖夜は人生で経験した最も辛いクリスマスだった。しかし、だからこそ最高の大晦日があったのだと思う。そう考えるとあの年のクリスマスもあれはあれでよかったのだと思える。
あれから10年。またいつの日か、あのサンチャゴの仲間と集まりたい。そして、ディアブロを片手にサーモンの刺身をつまみながら、一晩中語り明かしたいと思う。
サンチャゴ
Text & Photo:sKenji