大川小学校に新しいイルミネーション

手に寄せられた思い。手を形づくったたくさんの手

2014年1月2日、大川小学校に新しいイルミネーションが灯された。
新沼暁之さんたち「311Karats。」の始動。

テーマは「手」。
今回デザインを任されたのは、つきやまちかさん。

長崎からやって来て、女新沼などと呼ばれながら、311Karats。の日々に打ち込んでいる。彼女がつむぎだしたデザインは、どうして「手」だったんだろう――。

私には、六つ下の妹がいます。

可愛くなかし
私より頭いいしで
喧嘩し悪口言いながらも
大好きな可愛い可愛い妹です。

2011.3.11の時、小5でした。

それから2年くらい経ち
私は初めて大川小学校に来ました。

ボロボロの校舎を前に
当時の妹のことを思い出しました。

そっか。
妹と同い年位の子達が
ここで沢山、、、

涙が溢れた。

妹に会いたくなった。

今もこの場所にいる
名前も顔も知らない子達の手を
握りしめたい。
抱きしめたい。

泣いとるなら、
背中をさすってやりたい。

寒いって凍えよるなら
あっためてやりたい。

繋ぐ手があれば。

お父さんお母さんは
その子を叱る時、褒める時
抱きしめる時、手をつかう。

その子は、その手を頼りに
成長していくとやろうな。

ここにいる子達が
いつでも、手に触れれるように。
繋がれるように。



「手」

引用元:つきやまちかさんのページ

遠い九州の地で、つきやまさんが所属していたよさこいチーム「新羅」の仲間達と一緒にデザインしたのだという。

手であると同時にハート。こころを包み込むやさしさのかたち。作業にかてて(九州の言葉で「仲間に入れて」)もらって、思ったのがそのことだった。

作業はツリーのイルミネーションを片付けた後、新しいイルミのカンヴァスになるワイヤーメッシュ(鉄線のメッシュ)を建て込み、下絵を赤いビニルテープで写し取ってから、LEDチューブをビニルテープにそって取り付けて行く。言葉にすると単純作業に思えるが、そう容易くはいかない。

デザインの原画はあるものの、微妙なラインをどうとるかで現場ではいろんな意見が飛び出してくる。

「中指はもっと長い方がいいな」

「手の甲のふくらませ具合が左右で違ってないか?」

「親指に微妙なカーブがほしい」

大川小学校に集った10数人が、意見しながら、実際にテープを貼り直しながらデザインを固めていく。それだけで予定時間の半分以上がかかる。

イルミネーションはだれのため?

気温は0度。自動車の外気温表示だから、実際はもっと低かったかもしれない。しかも激しい風が止むことなく吹き続ける一日だった。昼からの作業とはいえ、日差しはほとんどない。たちまち体が冷え切った。

厚手の靴下を履いていても、長靴越しに凍えがしみてくる。テープやチューブを使う作業だから、素手の指先はすぐに感覚が失われる。ときどき手袋をしてポケットに手を突っ込んで指先の感覚を甦らせながら、テープを貼り直したりLEDチューブをワイヤーメッシュに取り付ける作業を続けていく。

そしてようやく、スイッチをオンして仮点灯。

歓声が上がる。

でもすぐに、

「この折り返しのあたり、ちょっと直そうぜ」という話になる。せっかくやるからには、もっと完成度を高めたい。

思いはみんな同じだった。

さらに微調整を行う。チューブの折り返しや重なりを細部まで手直ししていく。指先や足先の感覚は失われそうだが、完成が近づくにつれて笑顔が出てくる。

つらいけど、完成に近づいていっているのがうれしい。不思議な感覚だ。

たくさんの人が命を失った大川小学校。星になったこどもたちはきっと、小学校にやってくる。こどもたちが小学校に来た時、きれいなイルミネーションがあったら、少しでもよろこんでもらえるんじゃないか。イルミネーションのまわりで友達と一緒に遊んでくれたりしたらうれしいな。

ここで起こったことを思えば思うだけ、知れば知るほど苦しくなる。だけど、だからこそ手を伸ばしたい。ハグすることができるなら、ぎゅーっとハグしたい。初対面のおじさんなんて相手にしてくれないかもしれないが、それでも一緒に遊んでいたい。

自分のこの手では直接ふれることはできなくても、きっと光の手なら届くはず。

そう信じる。

信じる思いを胸に死ぬまで仲間でいよう。
そして、その思いを次の世代にちゃんと伝えて行こう。

西日が山にかくれた午後4時、大川小学校に灯された「手」。
手を合わせて心の中でつぶやいた。
「ありがとう」

※大川小学校の校舎はご遺族や関係者、そして亡くなられた方々にとって特別な場所です。許可なく立ち入ることはおやめください。

文と写真●井上良太