●ひょんなことからM-1グランプリに出場することになった漫才素人のボクら。
M-1出場は誰にも言わない
●漫才の大会に出るクセに、ボクらはその事実を誰にも伝えていなかった。
ヘタに誰かに応援されて、恥をさらすのが怖かったのだ。
この時点で、なんだかいろいろ負けていた。
「はいどーもー、スネ夫てんこもりです」
「よろしくおねがいします」
●そんなボクらはもっぱらカラオケで練習していた。
誰にも聞かれず練習できるからだ。
ネタは「根暗な(設定の)Kがボクの指導で明るく(キ●ガイに)なっていく」
というもの。
(中略)
「うわぁ!味の素がいっぱい~」
「味の素まだまだあるよ~」
(ガチャ)
「すみません、ドリンクお持ちしました!」
(ビクッ!)
「あ、あ、ありがとうございます(小声)」
●見られて恥ずかしいクセに、それでも漫才に挑む2人。
優勝なんてできるはずもなく、誰かに見せたいわけでもなく。
行きつく先はどこなのか……
そして本番当日……
●予選当日。
M-1グランプリの1回戦には1日あたり100組以上のコンビが出場する。
予選は1日がかりで行われるため、
「エントリーNO.××~×× は14時集合」
と、サイトに掲示されるのだ。ボクらは14時集合だった。
あと4時間か……
はやいね……
吐きそう……
ヤバイね……
●近くの路地裏でネタ合わせをしたボクらは、そのまま会場のNGKスタジオへ。
案の定、会場の空気は重く凍てついていた。
すまん、ちょっとノート見せて
お前……さすがにもうネタは覚えとけよ!!
…………、
(嫌な予感しかしない……)
●そして、いよいよ順番が近づいてきた。
さぁ、続いては6組です。
いきまっしょー!
エントリーナンバーXX!●●●!
エントリーナンバーXX!●●●!……
…………、
エントリーナンバーXX!スネ夫てんこもり!
……なんやこの名前。
(クスクス……)
(クスクス……)
(名前でウケた!?)
●ボクらの運命は……!?
出番待ち
●持ち時間は1組2分。
漫才は5~6組ずつ連続で行われ、ボクらはグループの6番目だった。
舞台そでからは、アマチュア勢のテンパリや嗚咽が伝わってきてカオスそのもの。
(周りが何も見えない……。)
(人生最大の緊張だ……。)
●しかし、ここで事件が起こる。
あ……、えーー……
(パクパク)
●手前で演じていたコンビはどうもネタが飛んでしまったらしく、
顔面蒼白で黙ってしまった!
ネタ飛んだ?
あれ、ネタ飛んでるな……
●一気に伝播する緊張感!
そして……
●強制暗転。(ルール上、2分を越えて続けてはいけない)
ちょwwwwwww
マジかwwwwwwwwwwwwwww
こwwれwwwはwwww
こwwwわwwwwwいwwwwwwwwwww
●恐怖を越えて笑いが出てきた2人!どうなる!?
出番!
「やめさしてもらうわ!」
「ありがとうございましたー」
デケデンデケデンデンデンデンデケ
デケデンデケデンデンデンデンデケ(出囃子)
「―――――――!」
「―――――――!」
「どうもー、スネ夫てんこもりです」
「お願いします(小声)」
「声ちっさ!」
(中略)
「じぶんホンマ暗いねん。
もっと明るくないと、社会出たとき通用せんぞ」
「そうですか……」
「せやで。明るくて楽しい人間ならんと!
例えば、場を盛り上げるために、
“すべらない話”のひとつでもできひんとあかんねん」
「あぁ。僕この前ね、友達とスノボ行ったんですけど、
僕だけちょっと体調崩して、結局ずっと部屋で寝てたんですよ」
「…………」
「…………」
「……いや、その “すべらない” ちゃうねん!」
(アハハハ……)
(クスクス……)
(―――――――ちょっとウケた!?)
●完全に想定外。
人前で一度もネタ見せせず、ぶっつげ本番で挑んだボクらだったが、
少しウケてしまったのだ。
本来、漫才はウケてナンボなのだが、
正直ウケるなんて思っていなかったため、逆に舞い上がってしまった!
(あわあわ……)
(あわあわ……)
その後、完全に舞い上がったボクらは
「噛む」「ネタを一部飛ばす」「残りをスベる」
の三重殺を犯してしまった!!
ツカミでウケたことをピークにスベり出したネタは、そのまま二度とウケることなく終了した。
優勝はブラックマヨネーズ!
●月日は流れ、2005年12月。
年末の風物詩、「M-1グランプリ2005」の決勝戦が行われ、優勝は大阪で活躍中
だったブラックマヨネーズに決定した。
●ボクらは、いち漫才ファンとしてM-1グランプリを楽しみ、
それぞれの冬を過ごした。
いやー、やっぱりお金欲しいなー
(地道にこつこつバイトするしかないな……)
たしかに。大学生は大学生なりにいろいろ必要やわ
(地道にこつこつパチンコするしかないな……)
あ、そろそろ用事(バイト)やし、ちょっと行くわ
あ、俺も(パチンコ)行かなあかんわ……
ほな、またな。
●漫才をかじった青春でした。
完
2001年~2010年にかけて開催されていた、若手漫才師日本一を決める大会。毎年年末になると、決勝大会がテレビ放送され、ここで名前を残したコンビの多くが、のちに売れっ子になっていった。最大の特徴は「プロ・アマ問わずに参加可能」という点。参加費を払えば、素人でも参加できるシステムで、全国から多数のアマチュアコンビも参加していた。正式名称は「オートバックスM-1グランプリ」。