今、私たちが当たり前のように使っているパソコンに始まり、宇宙科学やミクロ分野の科学などは、アインシュタインやハイゼンベルクなどの近代の天才たちによるものと思われていますが、実は、アインシュタインの相対性理論やハイゼンベルクらの量子力学などのもとになる数学理論の群論は、フランスの天才青年によって独自に考えだされたものでした。エヴァリスト・ガロア、1811年10月25日生まれの天才的数学者です。ガロアは群論や体論など現代数学の基礎を10代で完成。しかし、当時、その理論を理解するものはなく、死後数十年経ってようやく日の目を見ることになります。
ガロアは数学に関して、熱狂的な興味を示し、それ以外は全く興味を示さなかったそうです。また、素行も悪く、理工科学校の受験では、口頭試験の試験官とのやり取りの中で、頭に来たガロアが黒板消しを試験官に投げつけたこともあるくらいです。理工科学校は、残念ながら不合格になり、当時、革命などで騒然としていた世相を受け、ガロアは次第に政治活動に没頭するようになります。
10代でこのような生活を送っていたガロアは、いつ現代数学の扉を開くほどの偉業を行ったのでしょう。それは、ある女性に関する決闘を行う日の前夜から未明にかけてでした。以前に送った論文がポアソンから返却されており、その添削や楕円関数に関するモジュラー方程式の考察、リーマン面理論の超越関数理論への応用となどを、「時間がない」と走り書きしつつ大急ぎで手紙に書いています。
この手紙にこそ、現代数学の扉を開いた偉大な内容が記されていたのです。まさに天才がなせる神業です。たった、数時間で人類を大きく前進させる偉業を手紙に残したガロアは決闘の場にのぞみます。ガロアは負傷し翌日、20歳の生涯を閉じました。